共通テスト(地理歴史) 過去問
令和5年度(2023年度)本試験
問62 (<旧課程>日本史B(第6問) 問3)
問題文
修学旅行の歴史
1886年 a 東京師範学校が千葉県銚子まで徒歩で「長途遠足」を実施する。
1887年 公文書に「修学旅行」の語が登場する。
1889年 山梨県女子師範学校が修学旅行を実施する(京都・三重・東京)。
1896年 b 長崎商業学校がはじめて海外修学旅行を実施する(上海)。
1906年 陸軍省と文部省の主催で、中学生以上の生徒を対象とする合同満州修学旅行が実施される。以後、c 満州と朝鮮への修学旅行が増大する。
下線部cに関連して、次の表1は大阪府女子師範学校が、1938年5月に実施した修学旅行の行程の一部を示したものである。この旅行の訪問地の説明として正しいものを、後の選択肢のうちから一つ選べ。
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問題
共通テスト(地理歴史)試験 令和5年度(2023年度)本試験 問62(<旧課程>日本史B(第6問) 問3) (訂正依頼・報告はこちら)
修学旅行の歴史
1886年 a 東京師範学校が千葉県銚子まで徒歩で「長途遠足」を実施する。
1887年 公文書に「修学旅行」の語が登場する。
1889年 山梨県女子師範学校が修学旅行を実施する(京都・三重・東京)。
1896年 b 長崎商業学校がはじめて海外修学旅行を実施する(上海)。
1906年 陸軍省と文部省の主催で、中学生以上の生徒を対象とする合同満州修学旅行が実施される。以後、c 満州と朝鮮への修学旅行が増大する。
下線部cに関連して、次の表1は大阪府女子師範学校が、1938年5月に実施した修学旅行の行程の一部を示したものである。この旅行の訪問地の説明として正しいものを、後の選択肢のうちから一つ選べ。
- 14~15日に滞在した都市にある総督府の初代総督は桂太郎である。
- 17~18日の訪問地で神社を訪れていないのは、外国である満州国に神社がなかったからである。
- 日中戦争のきっかけとなる衝突は22日の訪問地の郊外で起きた。
- 関東都督府は23~25日の訪問地の一つにかつて設置されていた。
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この過去問の解説 (3件)
01
修学旅行の行程表を見て歴史を考察する問題です。
誤り
朝鮮総督府の初代総督は寺内正毅です。
桂太郎は台湾総督を歴任しています。
誤り
満州国にも奉天神社などがあります。
誤り
日中戦争のきっかけとなる衝突が起こったのは北京郊外の盧溝橋付近です。
正しい
関東都督府は旅順に置かれ、関東州の管轄と満鉄の保護・監督を行っていました。
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02
修学旅行の訪問地の説明として、正しいものを選ぶ問題です。
京城にある朝鮮総督府の初代総督は寺内正毅なので、この選択肢は誤りです。
奉天神社や大連神社など、満州国にも神社はあります。この選択肢は誤りです。
1937年の盧溝橋事件は、北京郊外で起こりました。この選択肢は誤りです。
ちなみに、奉天で1928年に起きた張作霖爆殺事件は、満州事変のきっかけになりました。
正しい選択肢です。関東都督府は1906年に旅順に設置され、関東州の行政などを担当していました。
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03
選択肢に沿ってみてみましょう。
朝鮮総督府の初代総督は寺内正毅です。
従って、不適切です。
22日の奉天の訪問地に奉天神社があげられています。
従って、不適切です。
日中戦争のきっかけとなったのは、盧溝橋事件ですが、盧溝橋は北京の郊外にありました。
従って、不適切です。
関東都督府は、日露戦争後に関東州(大連、旅順)を統治するために設置されたものです。
従って、適切です。
伊藤博文は、朝鮮総督府の前身である韓国統監府の初代統監です。
朝鮮総督府が設立された1910年(明治43年)には、伊藤博文はすでに亡くなっています。1909年に暗殺されたからです。
間違えないように注意しましょう。
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