共通テスト(地理歴史) 過去問
令和6年度(2024年度)追・再試験
問5 (<旧課程>世界史B(第1問) 問5)
問題文
B 資料1・2は、ある同一の戦争を題材とした、二人の歴史研究者による文章の一部である。これらの資料を用いて世界史の授業が行われた。(引用文には、省略したり改めたりしたところがある。)
資料1
省略
資料2
宗派対立によって激化したベーメン反乱が、領邦を超えた戦争の火元になった原因の一つは、( オ )家の権力伸長である。神聖ローマ帝国皇帝に即位する前のフェルディナントは、イタリアの諸勢力と紛争状態にあった。この争いには( オ )家の敵であるネーデルラント、イングランド、フランスが介入し、ドイツのプロテスタント諸侯連合も間接的に関与した。これに対し、スペインの強力な支援を得たフェルディナントは、イタリアの紛争を解決し、ベーメンの領邦議会で反対をねじ伏せ、ベーメン王位をも獲得したのである。
文章中の空欄(オ)家の出身の君主について述べた文として最も適当なものを、次の選択肢のうちから一つ選べ。
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問題
共通テスト(地理歴史)試験 令和6年度(2024年度)追・再試験 問5(<旧課程>世界史B(第1問) 問5) (訂正依頼・報告はこちら)
B 資料1・2は、ある同一の戦争を題材とした、二人の歴史研究者による文章の一部である。これらの資料を用いて世界史の授業が行われた。(引用文には、省略したり改めたりしたところがある。)
資料1
省略
資料2
宗派対立によって激化したベーメン反乱が、領邦を超えた戦争の火元になった原因の一つは、( オ )家の権力伸長である。神聖ローマ帝国皇帝に即位する前のフェルディナントは、イタリアの諸勢力と紛争状態にあった。この争いには( オ )家の敵であるネーデルラント、イングランド、フランスが介入し、ドイツのプロテスタント諸侯連合も間接的に関与した。これに対し、スペインの強力な支援を得たフェルディナントは、イタリアの紛争を解決し、ベーメンの領邦議会で反対をねじ伏せ、ベーメン王位をも獲得したのである。
文章中の空欄(オ)家の出身の君主について述べた文として最も適当なものを、次の選択肢のうちから一つ選べ。
- アヴァール人を撃退し、大帝と呼ばれた。
- オーストリア継承戦争の結果、シュレジエンを失った。
- ウィーン体制を強化するため、神聖同盟を提唱した。
- インド帝国の皇帝に即位した。
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この過去問の解説 (2件)
01
「宗派対立によって激化した」という文言から「ある同一の戦争」は宗教対立であるといえます。
そして「ドイツのプロテスタント諸侯連合」という文言からプロテスタントと他の宗教の対立であります。
「神聖ローマ帝国皇帝に即位する前のフェルディナント」というのはカトリックで、フェルディナントが権力によってカトリック以外の宗教を禁止しようとして起きたのが「資料2」にある「ベーメン反乱」です。
これら記述から「ある同一の戦争」とは三十年戦争であるといえます。
「この争いには( オ )家の敵であるネーデルラント、イングランド、フランスが介入し、ドイツのプロテスタント諸侯連合も間接的に関与した」という文言から「(オ)」はカトリックでネーデルランド、イングランド、フランスの敵であり、カトリックの人物です。
そして「神聖ローマ帝国皇帝に即位する前のフェルディナント」という文言の「フェルディナント」はハプスブルク家の中心人物です。
つまり、ハプスブルク家の中心人物であるフェルディナントが権力をもってカトリック以外を禁止したことをきっかけにベーメン反乱がおきたというのです。
よって「空欄(オ)家」とは「ハプスブルク家」です。
アヴァール人を撃退したのはフランスやローマに侵入し、略奪を繰り返すアヴァール人に耐えかねて撃退したという事件です。
ハプスブルク家とは関係ありません。
そもそも今回問題となっている宗教対立やカトリック、プロテスタントとは何ら関係はありません。
よって正答ではありません。
「継承戦争」とありますが、オーストリアのなにを継承しようとして争ったのでしょうか。
オーストリア皇帝はハプスブルク家のカール6世でしたが、死去し、ハプスブルク家のマリア・テレジアが継承しようとしたのに反対した国との間で戦争が生じたものです。
よって、ハプスブルク家に関する記述なので、正答です。
「ウィーン」とはなにかというとオーストリアの都市の名前です。
そこで「ウィーン議定書」というのが決まりました。
これが「ウィーン体制」です。
この「ウィーン体制」はナポレオン戦争の戦後処理としてされたものなので「ハプスブルク家」でも「宗教対立」でもありません。
ヨーロッパの中心付近にあって集まりやすかったからウィーンで会議して決まっただけです。
よって正答ではありません。
ハプスブルク家はカトリックです。
インドは昔から仏教の国なので正答ではありません。
「(オ)家の出身の君主について述べた文」とあります。
今回、宗教関係の問題で「フェルディナントは」とあることから、ハプスブルク家に関する記述はどれかということであるのはわかるかと思います。
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02
正しい選択肢は、
「オーストリア継承戦争の結果、シュレジエンを失った。」です。
空欄(オ)は、三十年戦争の中心にいたフェルディナント2世を輩出したハプスブルク家をさします。
ハプスブルク家出身の君主のうち、マリア=テレジアはオーストリア継承戦争(1740~48年)でプロイセンにシュレジエンを奪われました。
よってこの説明が該当します。
カール大帝(カロリング家)を指す内容で、ハプスブルク家ではありません。
正しい選択肢です。
アレクサンドル1世(ロマノフ家)を指す内容で、ハプスブルク家ではありません。
ヴィクトリア女王(サクス=コバーグ家)を指す内容で、ハプスブルク家ではありません。
ハプスブルク家の代表的女帝マリア=テレジアは、オーストリア継承戦争でシュレジエンをプロイセンに奪われました。
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