共通テスト(地理歴史) 過去問
令和6年度(2024年度)追・再試験
問22 (<旧課程>世界史B(第4問) 問4)
問題文
B ある大学で、朝鮮史研究の基本史料である『朝鮮王朝実録』を題材にして授業が行われている。
教授:朝鮮王朝では、君主が交替すると、原則として前君主の治世の歴史が実録としてまとめられました。現存するb初代君主の太祖から第25代の哲宗までの実録は、『朝鮮王朝実録』と総称され、韓国の国宝に指定されているだけでなく、ユネスコ記憶遺産にも登録されています。
桑原:初代から第25代までの君主の実録が欠けずに残っているのですね。
教授:15世紀半ばから首都の漢城を含む4か所の都市に1部ずつ保管される
ようになりました。朝鮮王朝は、16世紀末に外国勢力の侵攻を受けましたが、李舜臣の率いる水軍の活躍などもあり、撃退しました。しかしその戦乱のさなか、4部あった実録のうち、3部が焼失してしまいました。その後17世紀初めに、焼失を免れた実録を基にして複数部が復刊され、再度の焼失の危険を避けるために、実録は各地の山の中に保管されるようになったのです。
ソン:その戦乱で全部焼失しなかったのは、不幸中の幸いと言えますね。
教授:本当にそのとおりですね。
桑原:ところで、朝鮮王朝の系図を見ると、最後の二人の君主として、c第26代の高宗と第27代の純宗がいるようですが、その二人の君主の実録は作られなかったのですか。
教授:両君主の実録は、1927年から1934年にかけて編纂され、1935年に刊行されましたが、『朝鮮王朝実録』には含まれていません。
ソン:それは、両君主の実録が( ア )からですね。
教授:はい、そのとおりです。
下線部bの人物の事績について述べた文として最も適当なものを、次の選択肢のうちから一つ選べ。
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問題
共通テスト(地理歴史)試験 令和6年度(2024年度)追・再試験 問22(<旧課程>世界史B(第4問) 問4) (訂正依頼・報告はこちら)
B ある大学で、朝鮮史研究の基本史料である『朝鮮王朝実録』を題材にして授業が行われている。
教授:朝鮮王朝では、君主が交替すると、原則として前君主の治世の歴史が実録としてまとめられました。現存するb初代君主の太祖から第25代の哲宗までの実録は、『朝鮮王朝実録』と総称され、韓国の国宝に指定されているだけでなく、ユネスコ記憶遺産にも登録されています。
桑原:初代から第25代までの君主の実録が欠けずに残っているのですね。
教授:15世紀半ばから首都の漢城を含む4か所の都市に1部ずつ保管される
ようになりました。朝鮮王朝は、16世紀末に外国勢力の侵攻を受けましたが、李舜臣の率いる水軍の活躍などもあり、撃退しました。しかしその戦乱のさなか、4部あった実録のうち、3部が焼失してしまいました。その後17世紀初めに、焼失を免れた実録を基にして複数部が復刊され、再度の焼失の危険を避けるために、実録は各地の山の中に保管されるようになったのです。
ソン:その戦乱で全部焼失しなかったのは、不幸中の幸いと言えますね。
教授:本当にそのとおりですね。
桑原:ところで、朝鮮王朝の系図を見ると、最後の二人の君主として、c第26代の高宗と第27代の純宗がいるようですが、その二人の君主の実録は作られなかったのですか。
教授:両君主の実録は、1927年から1934年にかけて編纂され、1935年に刊行されましたが、『朝鮮王朝実録』には含まれていません。
ソン:それは、両君主の実録が( ア )からですね。
教授:はい、そのとおりです。
下線部bの人物の事績について述べた文として最も適当なものを、次の選択肢のうちから一つ選べ。
- 衛所制による軍事体制を敷いた。
- 倭寇の討伐で功績を挙げた。
- 江戸幕府に朝鮮通信使を派遣した。
- 八旗を基盤とする支配体制を整えた。
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この過去問の解説 (3件)
01
朝鮮王朝の君主についての問題です。
下線bが示す初代君主は李成桂を指しており、彼の業績に関する記述が正しいか誤っているかを判断する問題となっています。
不適
衛所制は明の洪武帝が制定した兵農一致の軍事制度です。
兵士を出す家(軍戸)を定めました。
適当
李成桂は高麗の武将で、倭寇討伐で名をあげました。
1388年にクーデタで実権を握り、1392年に王位につきました。
国号を朝鮮と定め、都を漢城に定めました。
不適
朝鮮通信使は、将軍の代替わりごとに朝鮮王朝が江戸幕府に送った使節です。
17世紀の初めからスタートしました。
李成桂は14世紀末から15世紀初めの人物であるため、時代が合わず不適です。
朝鮮通信使が派遣されたのは、14代国王の宣祖の時代でした。
不適
八旗は清の軍事組織です。
後金を建国したヌルハチによって整備されました。
満州人によって構成されたものを満州八旗、モンゴル人で構成されたものを蒙古八旗、中国人で構成されたものを漢人八旗といいます。
これ以外にも、漢人を中心とした緑営も組織されました。
朝鮮王朝史では、李成桂の建国過程や国号・都の制定など基本事項を押さえることが重要です。
あわせて明の衛所制、清の八旗、朝鮮通信使など周辺国の制度も時代ごとに整理して比較しましょう。
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02
初代君主の太祖は、李成桂です。1392年に李氏朝鮮を建国しました。
衛所制による軍事体制を敷いたのは、明の朱元璋(洪武帝)です。この選択肢は誤りです。
正しい選択肢です。1370-80年代の功績です。
江戸幕府は1603年に開かれました。李成桂が国王であった時期(1392-98年)からずれているので、この選択肢は誤りです。
八旗を基盤とする支配体制を整えたのは清なので、この選択肢は誤りです。
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03
下線部 b は「初代君主の太祖」= 李成桂(イ・ソンゲ)(在位1392~1398) のことです。
李成桂(太祖)は高麗の武将として 倭寇討伐で功績 を挙げ、その後、1392年に高麗を倒して朝鮮王朝(李氏朝鮮)を建国しました。
軍制として「衛所制」を整備したのは李成桂(太祖)の子・太宗(第3代)です。
李成桂(太祖)の実績として正しいです。
江戸幕府に朝鮮通信使を派遣したのは17世紀以降の出来事なので、李成桂の在位期間と合致しません。
八旗を基盤とする支配体制を整えたことは、清代のヌルハチの実績です。
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