大学入学共通テスト(地理歴史) 過去問
令和7年度(2025年度)本試験
問3 (歴史総合,世界史探究(第1問) 問3)
問題文
政治家・官僚・軍人の装いを題材としながら、図1・2から読み取れる情報について生徒と先生が話をしている。
高橋:図1では、装いの異なる二つの集団が向き合っています。
水野:左側の人たちは、頭の後ろで髪を結っています。これは辮髪(弁髪)ですね。
高橋:図1の説明文にも、そう書いてありました。右側で応対しているのは、日本人のようです。国家間の公式の外交の場で洋服を着ています。
先生:そうなると、a図1の会談が行われた時期を推定できますね。
中島:私が見つけた図2は、1878年にbベルリンで開催された国際会議の様子を描いています。
大井:みんな洋服を着ていますが、右端の人たちの帽子は独特ですね。
先生:これは「トルコ帽」といって、オスマン帝国の政治家や軍人が着用した被(かぶ)り物です。19世紀前半に洋装化と合わせて導入されたものですが、礼拝の邪魔にならないよう、つばが付いていません。
大井:オスマン帝国の近代化改革は( ア )と呼ばれますが、トルコ帽の採用は、( イ )することで帝国の立て直しを図るという、この改革の方向性を象徴しているようです。
先生:すばらしい考察です。このように図像から読み取れる情報は多いのですが、ほかの資料と組み合わせるとさらに分かることがあります。例えば、c政治家や軍人が着ていた洋服は、次第に庶民にも広まっていきます。統計資料から、この点を探究してみましょう。
下線部bに関連して、中島さんは日本とドイツの交流に興味を持ち、修好通商条約締結のために日本にやって来たドイツ(プロイセン)の使節団の情報を、ノートにまとめた。ノートについて述べた文として最も適当なものを、後の選択肢のうちから一つ選べ。
ノート
Ⅰ 1860年5月、ベルリンを発(た)ち、地中海から紅海を経てインド洋に入った。同年8月、シンガポールで別隊と合流した。
Ⅱ 1860年9月、日本に達して条約締結交渉を始めた。日本側で交渉にあたったのは、安政の五か国条約の時と同様であった。翌年1月、日本との間に修好通商条約が結ばれた。
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問題
大学入学共通テスト(地理歴史)試験 令和7年度(2025年度)本試験 問3(歴史総合,世界史探究(第1問) 問3) (訂正依頼・報告はこちら)
政治家・官僚・軍人の装いを題材としながら、図1・2から読み取れる情報について生徒と先生が話をしている。
高橋:図1では、装いの異なる二つの集団が向き合っています。
水野:左側の人たちは、頭の後ろで髪を結っています。これは辮髪(弁髪)ですね。
高橋:図1の説明文にも、そう書いてありました。右側で応対しているのは、日本人のようです。国家間の公式の外交の場で洋服を着ています。
先生:そうなると、a図1の会談が行われた時期を推定できますね。
中島:私が見つけた図2は、1878年にbベルリンで開催された国際会議の様子を描いています。
大井:みんな洋服を着ていますが、右端の人たちの帽子は独特ですね。
先生:これは「トルコ帽」といって、オスマン帝国の政治家や軍人が着用した被(かぶ)り物です。19世紀前半に洋装化と合わせて導入されたものですが、礼拝の邪魔にならないよう、つばが付いていません。
大井:オスマン帝国の近代化改革は( ア )と呼ばれますが、トルコ帽の採用は、( イ )することで帝国の立て直しを図るという、この改革の方向性を象徴しているようです。
先生:すばらしい考察です。このように図像から読み取れる情報は多いのですが、ほかの資料と組み合わせるとさらに分かることがあります。例えば、c政治家や軍人が着ていた洋服は、次第に庶民にも広まっていきます。統計資料から、この点を探究してみましょう。
下線部bに関連して、中島さんは日本とドイツの交流に興味を持ち、修好通商条約締結のために日本にやって来たドイツ(プロイセン)の使節団の情報を、ノートにまとめた。ノートについて述べた文として最も適当なものを、後の選択肢のうちから一つ選べ。
ノート
Ⅰ 1860年5月、ベルリンを発(た)ち、地中海から紅海を経てインド洋に入った。同年8月、シンガポールで別隊と合流した。
Ⅱ 1860年9月、日本に達して条約締結交渉を始めた。日本側で交渉にあたったのは、安政の五か国条約の時と同様であった。翌年1月、日本との間に修好通商条約が結ばれた。
- Ⅰについて、当時ヴィルヘルム2世が、積極的な対外政策を進めていた。
- Ⅰについて、当時シンガポールは、ドイツ(プロイセン)の植民地であった。
- Ⅱについて、日本は、ドイツ(プロイセン)との条約以前に、他国と修好通商条約を結んでいた。
- Ⅱについて、当時、諸外国との条約締結交渉にあたったのは、朝廷であった。
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