大学入学共通テスト(地理歴史) 過去問
令和7年度(2025年度)本試験
問57 (歴史総合,日本史探究(第5問) 問2)

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問題

大学入学共通テスト(地理歴史)試験 令和7年度(2025年度)本試験 問57(歴史総合,日本史探究(第5問) 問2) (訂正依頼・報告はこちら)

日本史探究の授業で、田中さんは「近世の村」について考察した。次の文章を読み、後の問いに答えよ。(資料には、省略したり、改めたりしたところがある。)

田中さんは疑問点をメモ1にまとめた。

メモ1
・近世の村が成立するきっかけとなったa豊臣秀吉による全国的な土地調査は、どのような特徴を持っていたのか?
b近世の百姓は、どのような立場に置かれていたのか?
c近世の村の運営は、どのように行われていたのか?

下線部cに関連して、次の資料は、ある村が1669年に定めた村掟(村法)である。資料に関して述べた文として最も適当なものを、後の選択肢のうちから一つ選べ。

資料
・田畑の作物を盗み取ることを禁止する。もし違反する者がいたら、本人は村から追放し、その五人組には1000文の罰金を払わせる。
・ばくちに場所を提供することを禁止する。もし違反する者がいたら、本人は村から追放し、その五人組には1000文の罰金を払わせる。
・他人の土地に実っている果実や生えているきのこを盗み取ることを禁止する。もし違反する者がいたら、本人には300文、その五人組には400文の罰金を払わせる。
・以上の箇条を男女老若ともに守るものとする。もし違反する者がいれば、その罪に応じて定めた通りの処罰を村として行う。よって村民が連名で法度として定める。
(『長岡京市史 資料編三』)
  • 資料から、処罰の内容は、罪によって違いがなかったことが分かる。
  • 資料から、罪を犯した者の処罰は領主が行うと定められていることが分かる。
  • 資料から、自分が罪を犯していなくても、連帯責任により罰せられる場合があったことが分かる。
  • 資料のような村掟が各地で定められた背景には、幕府が農民の生活を規制するような法令を発布しなかったことがある。

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この過去問の解説 (1件)

01

この資料のポイントは2つです。

・罰は罪によって違い、重いものは追放、軽いものは罰金になっています。

・さらに、本人だけでなく五人組も罰せられるため、村の中で悪いことを防ぐための連帯責任が働いていたと分かります。

 

近世の村は、村人どうしがルールを作り、守らせることで治安や生活を保とうとしていました。

その仕組みを読み取る問題です。

選択肢1. 資料から、処罰の内容は、罪によって違いがなかったことが分かる。

資料を見ると、処罰は同じではありません。
たとえば、田畑の作物の盗みや、ばくちの場所提供は追放+五人組1000文ですが、果実やきのこでは本人300文+五人組400文です。
つまり、罪の内容によって罰が違うことが読み取れます。

選択肢2. 資料から、罪を犯した者の処罰は領主が行うと定められていることが分かる。

最後に「村として行う」とあり、処罰の主体は領主ではなく村です。
この資料は、村の中の決まり(村掟)として、村人が連名で定め、村の力で守らせようとしている点が特徴です。

選択肢3. 資料から、自分が罪を犯していなくても、連帯責任により罰せられる場合があったことが分かる。

正解です。

資料には「本人は追放」「本人には罰金」と同時に、「その五人組にも罰金」とあります。
五人組の他の人が直接盗みやばくちをしたわけではなくても、同じ組にいることで罰を受けます。

ここから、連帯責任があったと分かります。

選択肢4. 資料のような村掟が各地で定められた背景には、幕府が農民の生活を規制するような法令を発布しなかったことがある。

幕府は農民を対象にした決まりを出していない、という説明は合いません。
実際には、農民のくらしや行動をしばる考え方はあり、そのうえで村でも細かいルールを作って秩序を保ちました。
したがって、「幕府が何も出さなかったから村掟が必要になった」という言い方は不自然です。

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