大学入学共通テスト(地理歴史) 過去問
令和7年度(2025年度)追・再試験
問47 (歴史総合,日本史探究(第3問) 問2)

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問題

大学入学共通テスト(地理歴史)試験 令和7年度(2025年度)追・再試験 問47(歴史総合,日本史探究(第3問) 問2) (訂正依頼・報告はこちら)

日本史探究の授業で古代日本の特徴について考えることになり、ノゾムさんとミライさんは探究活動を行った。次の文章を読み、後の問いに答えよ。(資料には、省略したり、改めたりしたところがある。)

ノゾムさんは、中央集権的な国家が出現したことが古代日本の特徴であると考え、それを検証するために中央と地方との関係について調べることにした。

ノゾムさんは、仏教に着目して、中央から地方への影響について調べることにした。仏教の地方への広がりについて述べた文として最も適当なものを、次のうちから一つ選べ。
  • 百済から仏教が伝わると、各地で仏像の需要が高まり、鞍作鳥によって考案された寄木造の技法を用いた仏像が各地で作られた。
  • 社会的な不安が高まるなか、仏教の力による国家の安定を願った天皇の命令により、戒壇をもつ寺院として国分寺が国ごとに建立された。
  • 都で隆盛した密教が地方に波及して在来の山岳信仰と結びついたことにより、地方の山岳地域には教王護国寺などの寺院が修行の場として建立された。
  • 末法思想が広まるなか、都で隆盛した浄土教が地方にも普及し、富貴寺大堂のような阿弥陀堂が建立された。

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この過去問の解説 (2件)

01

仏教が日本各地に広まる様子に関する出題です。

選択肢1. 百済から仏教が伝わると、各地で仏像の需要が高まり、鞍作鳥によって考案された寄木造の技法を用いた仏像が各地で作られた。

不適

 

百済から仏教が伝わった当初、盛んに仏事の造営や仏像の製造を行わせたのは中央豪族でした。

鞍作鳥はこの時代の仏師ですが、金銅像を中心に制作しました。

また、寄木造は11世紀に定朝が確立した木製仏像の制作技法です。

選択肢2. 社会的な不安が高まるなか、仏教の力による国家の安定を願った天皇の命令により、戒壇をもつ寺院として国分寺が国ごとに建立された。

不適

 

戒壇を持つ寺院は以下の3つに限られました。

・東大寺

・薬師寺(下野)

・観世音寺(筑紫)

選択肢3. 都で隆盛した密教が地方に波及して在来の山岳信仰と結びついたことにより、地方の山岳地域には教王護国寺などの寺院が修行の場として建立された。

不適

 

密教は山岳信仰と結びつきますが、教王護国寺は京都に建立された東寺のことです。

したがって、誤りです。

選択肢4. 末法思想が広まるなか、都で隆盛した浄土教が地方にも普及し、富貴寺大堂のような阿弥陀堂が建立された。

適当

 

末法思想は都の貴族だけではなく、地方豪族の間にも広がりました。

問題文中の富貴寺大堂は代表的な阿弥陀堂建築です。

まとめ

仏教と国の関わりは時代によって大きく変化します。

各時代の政治と仏教の関わりについて整理しましょう。

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02

この問題で押さえておくべき点は、

中央から地方への仏教の広がりです。

選択肢1. 百済から仏教が伝わると、各地で仏像の需要が高まり、鞍作鳥によって考案された寄木造の技法を用いた仏像が各地で作られた。

誤りです。

鞍作鳥は飛鳥時代の人物です。

実際に用いられたのは一木造でした。

選択肢2. 社会的な不安が高まるなか、仏教の力による国家の安定を願った天皇の命令により、戒壇をもつ寺院として国分寺が国ごとに建立された。

誤りです。

戒壇を持つ寺院は東大寺・下野薬師寺・筑紫観世音寺等

一部の寺のみです。

選択肢3. 都で隆盛した密教が地方に波及して在来の山岳信仰と結びついたことにより、地方の山岳地域には教王護国寺などの寺院が修行の場として建立された。

誤りです。

教王護国寺は京都にあるため、

地方の寺ではありません。

選択肢4. 末法思想が広まるなか、都で隆盛した浄土教が地方にも普及し、富貴寺大堂のような阿弥陀堂が建立された。

正しいです。

末法思想の広がりの中、浄土教は広まりました。

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