大学入学共通テスト(地理歴史) 過去問
令和7年度(2025年度)追・再試験
問46 (歴史総合,日本史探究(第3問) 問1)
問題文
ノゾムさんは、中央集権的な国家が出現したことが古代日本の特徴であると考え、それを検証するために中央と地方との関係について調べることにした。
ノゾムさんは、古代の中央と地方とを結ぶ存在として地方の役人に着目し、その変化についてまとめた。古代における地方の役人について述べた文として適当でないものを、次のうちから一つ選べ。
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問題
大学入学共通テスト(地理歴史)試験 令和7年度(2025年度)追・再試験 問46(歴史総合,日本史探究(第3問) 問1) (訂正依頼・報告はこちら)
ノゾムさんは、中央集権的な国家が出現したことが古代日本の特徴であると考え、それを検証するために中央と地方との関係について調べることにした。
ノゾムさんは、古代の中央と地方とを結ぶ存在として地方の役人に着目し、その変化についてまとめた。古代における地方の役人について述べた文として適当でないものを、次のうちから一つ選べ。
- ヤマト政権の支配体制に組み込まれた地域には、中央から国造が派遣され、地方の統治を行った。
- 律令制下では、中央から派遣された国司が、地方の豪族の中から任命された郡司を指揮して地方政治を行った。
- 班田や調庸の課税が困難になると、政府は任国に赴任する最上席の国司に権限を集中させて中央への貢納物を確保しようとした。
- 11世紀後半になると、受領が任国に赴かず、それにかわって派遣された目代が在庁官人を指揮して政治を行う事例がみられるようになった。
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この過去問の解説 (2件)
01
古代国家による地方統治をテーマとした出題です。
不適
国造はヤマト政権の時代に地方豪族が世襲した官職です。
中央から派遣されるわけではないため、不適です。
適当
国司が中央から派遣されるのに対し、地方豪族から選ばれたのが郡司でした。
郡司は郡内の行政や徴税などを担いました。
適当
平安中期以降、班田収授や調庸の徴収が困難になっていました。
中央政府は赴任する最上位の国司に大きな権限を与え、税収を確保しようとしたのです。
適当
平安時代中期以降には、国司が任地に赴かない遙任が一般化しました。
そのため、国司に代わって地方行政を担ったのが目代です。
目代は留守所において在庁官人を指揮し、実務を取り仕切っていました。
中央政府による地方統治も、頻出のテーマです。
平安時代後期になると、朝廷による地方からの収奪が強まり、地方行政は次第に乱れていきました。
こうした状況が、武士の台頭を支える土壌となっていきます
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02
この問題で押さえておくべき点は、
古代における中央と地方の関係です。
誤りです。
国造は大和政権以前からその地を支配していた豪族です。
中央から派遣されるわけではありません。
正しいです。
律令制下では、中央から派遣された国司が、
在地の軍事を指揮して政治を行いました。
正しいです。
班田や調庸の課税が困難になると、
政府は赴任する最上級の国司(受領)の力を強め、
中央への貢納を確保しようとしました。
正しいです。
11世紀後半になると、受領が任国に赴かず、
目代を派遣し、在庁官人を通じて政治を行いました。
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