共通テスト(地理歴史) 過去問
令和4年度(2022年度)追・再試験
問51 (<旧課程>日本史B(第4問) 問2)
問題文
メモ
疑問1 戦乱が人々にどのような影響を与えたか。
疑問2 火災が人々にどのような影響を与えたか。
疑問3 火山の噴火が人々にどのような影響を与えたか。
疑問4 地震が人々にどのような影響を与えたか。
疑問5 人々はどのように困難や危機を乗り越えようとしたか。
メイさんが疑問2について調べてみると、江戸などの大都市では、明暦の大火をはじめ、大きな火災が何度もあったことが分かった。明暦の大火が発生した時の将軍によって行われた政策について述べた文として正しいものを、次の選択肢のうちから一つ選べ。
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問題
共通テスト(地理歴史)試験 令和4年度(2022年度)追・再試験 問51(<旧課程>日本史B(第4問) 問2) (訂正依頼・報告はこちら)
メモ
疑問1 戦乱が人々にどのような影響を与えたか。
疑問2 火災が人々にどのような影響を与えたか。
疑問3 火山の噴火が人々にどのような影響を与えたか。
疑問4 地震が人々にどのような影響を与えたか。
疑問5 人々はどのように困難や危機を乗り越えようとしたか。
メイさんが疑問2について調べてみると、江戸などの大都市では、明暦の大火をはじめ、大きな火災が何度もあったことが分かった。明暦の大火が発生した時の将軍によって行われた政策について述べた文として正しいものを、次の選択肢のうちから一つ選べ。
- 飢饉・災害による困窮者を救うため、七分積金(七分金積立)の制度が作られた。
- 江戸では、消防作業に携わる町火消が組織された。
- 家臣が主君のあとを追う殉死が禁止された。
- 貧しい人々を対象とする医療施設として、小石川養生所が作られた。
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この過去問の解説 (3件)
01
江戸時代における戦乱や災害に関する問題です。
メイさんは疑問2で、火災が人々にどのような影響を与えたかに関心を寄せています。
誤り
七分積金(七分金積立)は町入用(町費)の節減による積立精度です。
飢饉・災害による困窮者を救う目的はありませんでした。
誤り
町火消は町奉行大岡忠助により、江戸の町方に設置された消防組織です。
これは8代将軍徳川吉宗時代のできごとなので誤りです。
正しい
4代将軍徳川家綱は武家諸法度で殉死の禁止などを行いました。
誤り
小石川養生所は8代将軍徳川吉宗の時、目安箱の投書によって作られた施療施設です。
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02
明暦の大火は、1657年に発生しました。江戸三大大火のひとつに数えられています。
当時の将軍は、徳川家綱(第四代将軍:1651-80年)でした。
松平定信によって七分積金(七分金積立)の制度が作られたのは1791年で、第十一代将軍徳川家斉の時代でした。この選択肢は誤りです。
享保の改革の一環として町火消が組織されたのは1718年で、第八代将軍徳川吉宗の時代でした。この選択肢は誤りです。
正しい選択肢です。殉死が禁止されたのは1663年です。
享保の改革の一環として小石川養生所が作られたのは1722年で、第八代将軍徳川吉宗の時代でした。この選択肢は誤りです。
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03
明暦の大火(1657年)とは?
・ 江戸(今の東京)を襲った大火災。
・ 江戸城天守閣も焼け落ち、死者10万人とも言われる大惨事だった。
・このときの将軍は、徳川家綱(とくがわ いえつな)(第4代将軍)。
飢饉対策としての七分積金は、田沼意次の時代の制度なので誤りです。
町火消が組織されたのは、明暦の大火が起きた徳川家綱の時代ではありません。
町火消は、1718年に第8代将軍徳川吉宗が進めた享保の改革の中で、大岡忠相によって整えられました。そのため、この選択肢は誤りです。
正しい選択肢です。
明暦の大火が起きた1657年の将軍は、第4代将軍の徳川家綱です。徳川家綱は、1663年に家臣が主君の死後にあとを追って命を絶つ殉死を禁止しました。
明暦の大火が発生した時の将軍によって行われた政策であるため、この選択肢が正解です。
小石川養生所は、徳川吉宗の時代に設立されたため誤りです。
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