共通テスト(地理歴史) 過去問
令和6年度(2024年度)本試験
問7 (<旧課程>世界史B(第1問) 問7)

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問題

共通テスト(地理歴史)試験 令和6年度(2024年度)本試験 問7(<旧課程>世界史B(第1問) 問7) (訂正依頼・報告はこちら)

世界史上、様々な地域や時代に見られた体制と制度について述べた次の文章を読み、後の問いに答えよ。

次の文章は、イギリスにおける福祉制度の改革の歴史について述べたものである。(引用文には、省略したり、改めたりしたところがある。)

19世紀後半に入りイギリスでは、公的な年金制度の導入が本格的に議論されるようになった。その際、d 重要な先例と考えられたのが、ドイツの老齢年金制度であった。ドイツでは、後に「世界政策」の名の下に海軍を増強した皇帝の治世下で、同制度が導入されている。
こうしたドイツの先例を踏まえて、イギリスでは1908年に老齢年金法が成立した。このことによって、公的な年金制度が開始された。この年金制度の導入を主導したのは、かつて首相グラッドストンが率いた政党であった。
第二次世界大戦以降も、イギリスではその時々の経済的、社会的状況に鑑みて、年金制度を含めた福祉制度に対して様々な改革が行われた。次の資料は、20世紀に国営企業の民営化を推し進めた首相が、社会保障費などに関わる福祉制度の改革を行った後に、インタビューに答えた時のものである。

資料
あまりにも多くの子どもや大人たちが、自分たちの問題を社会に転嫁しています。でも社会とは誰のことを指すのでしょうか。社会などというものは存在しないのです。存在するのは、個々の男と女ですし、家族です。そして、最初に人々が自分たちの面倒を見ようとしない限りは、どんな政府だって何もできはしないのです。自分で自分の世話をするのは私たちの義務です。それから、自分たちの隣人の面倒を見ようとするのも同じように義務です。最初に義務を果たさないならば、権利などというものは存在しないのです。

下線部dに関連して、前の文章を参考にしつつ、次の年表に示したa~dの時期のうち、ドイツでの老齢年金制度の導入時期として正しいものを、後のうちから一つ選べ。

( a )
1834年 ドイツ関税同盟が発足した。
( b )
1871年 ビスマルクが文化闘争を開始した。
( c )
1912年 ドイツ社会民主党が、帝国議会選挙で第一党に躍進した。
( d )
  • a
  • b
  • c
  • d

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この過去問の解説 (3件)

01

下線部dには「重要な先例と考えられたのが、ドイツの老齢年金制度であった」とあります。

では、ドイツの年金制度を検討する前に少し違った視点でみていきましょう。

後年に出された日本の判例(最判昭和23年9月29日刑集 第2巻10号1235頁)が興味深いことを述べているので、これをみていきましょう。

「そもそも、人類の歴史において、立憲主義の発達当時に行われた政治思想は、できる限り個人の意思を尊重し、国家はできる限り個人意思の自由に対し余計な干渉を行わないことであった。すなわち、 最も少く政治する政府は、最良の政府であるとする思想である」

いわゆる夜警国家というものです。

小さな政府を最良と考えるのであり、この「立憲主義の発達当時に行われた政治思想」というのが西洋的な保守的思想のひとつです。

「国民の経済活動は、放任主義の下に活発に自由競争によって著しい経済的発展を遂げたのである」

これがこの思想のメリットです。

「ところが、その結果は貧富の懸隔を甚しくし、少数の富者と多数の貧者が生じ、現代の社会的不公正を引き起すに至った」

これがデメリットです。

そこで左派から次の主張がされました。

「そこで、 かかる社会の現状は、国家をして積極的に諸種の政策を実行する必要を痛感し、ここに現代国家は、制度として新な積極的干与を試むことが必要となった。これがいわゆる社会的施設及び社会的立法である」

ここでいう「社会的立法」のなかのひとつが老齢年金制度です。

さて、ドイツにおいて左派政党のドイツ社会民主党からこれに関連する主張がされました。

社会権については、後年に制定されたワイマール憲法に世界ではじめて規定されるなど先進的でしたが、さらに後年になり日本の判例が引用したこうした主張はドイツの社会民主党が主張しました。

よって「c」が正答です。

 

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02

この問題はビスマルクの政策に関する問題です。

 

選択肢3. c

老齢年金制度は、文化闘争と社会民主党が第1党になった間の期間に起こりました。年代としては1889年です。よって正解です。

まとめ

今回の問題は、出来事に対して年代を問われた問題でした。しかし、年代を覚えているというよりかは、ほかの出来事との関係性をいかに強く持たせられているかが重要であります。この問題であれば、社会主義が台頭していたのは、文化闘争後の話であり、労働者が社会主義に傾かないようにこの制度が確立されました。この関係性がわかっていればこたえられる問題です。関係性を重視しましょう。

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03

正しい時期は「c」です。


ドイツの老齢年金保険法は1889年に公布されました。

れは1834年のドイツ関税同盟発足より後で、1912年の社会民主党躍進より前に位置します。

年表でいえば、「ビスマルクの文化闘争開始(1871年)」の行と「1912年」の行の間に収まるため、その行が示す時期が最も適切です。

選択肢1. a

誤りです。

選択肢2. b

誤りです。

選択肢3. c

正しいです。

選択肢4. d

誤りです。

まとめ

ドイツの老齢年金制度は1889年、ビスマルク主導で成立しました。

年表の位置関係から見ると、1834年と1912年のあいだ、すなわち「1871年文化闘争」の行に相当する時期が正しいと判断できます。

この制度はイギリス自由党の公的年金構想に大きな影響を与え、1908年老齢年金法の参考例となりました。

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