共通テスト(地理歴史) 過去問
令和6年度(2024年度)追・再試験
問18 (<旧課程>世界史B(第3問) 問5)

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問題

共通テスト(地理歴史)試験 令和6年度(2024年度)追・再試験 問18(<旧課程>世界史B(第3問) 問5) (訂正依頼・報告はこちら)

近現代の世界の多様な統治体制について理解を深めるには、統治の担い手の動向に留意するとともに、他の地域と比較することが重要である。それについて述べた次の文章Bを読み、後の問いに答えよ。

B あるクラスで、アフリカ南部の歴史の授業が行われている。

先生:先週の授業では、1895年の地図を基に、イギリスの植民地支配の特徴について調べる宿題を出しました。各班の結果を発表してください。
丸谷:私たちの班は、各植民地の統治体制が様々であることに気付きました。ケープ植民地や隣のナタール植民地は、白人の割合が他のアフリカ植民地より高かったため自治権が与えられています。
鈴木:一方、現在のボツワナであるベチュアナランドは、白人の割合が圧倒的に低かったため、現地の首長を利用して間接的に統治する保護領とされていました。
丸谷:なお、1904年におけるケープ植民地、ナタール植民地、ベチュアナランド保護領の人種別人口は次のようになっています。
先生:そうした視点で、イギリス植民地支配の特徴を考えることは大切ですね。
高田:私たちの班は、トランスヴァール共和国とオレンジ自由国に注目しました。これら二つの国は、( エ )。
先生:そのとおりです。また現在のモザンビークは、当時ポルトガルの植民地でしたが、イギリス領を中心とする経済圏に組み込まれます。bアフリカ南部に限らず、イギリスが自国の植民地以外の地域に経済進出しようとした事例は、他の時代でも見られました。

前の文章を参考にしつつ、表中の空欄イとウに入れる地域の名と、文章中の空欄エに入れる文あ・いとの組合せとして正しいものを、後の選択肢のうちから一つ選べ。

(エ)に入れる文
あ  1895年の地図では独立していますが、後にイギリスの植民地になりました
い  イギリスに戦争を仕掛けられましたが、その後も独立を維持しました
問題文の画像
  • イ:ベチュアナランド保護領  ウ:ナタール植民地  エ:あ
  • イ:ベチュアナランド保護領  ウ:ナタール植民地  エ:い
  • イ:ナタール植民地  ウ:ベチュアナランド保護領  エ:あ
  • イ:ナタール植民地  ウ:ベチュアナランド保護領  エ:い

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この過去問の解説 (3件)

01

南アフリカ戦争(ブール戦争/ボーア戦争)に関する出題です。

 

南アフリカ戦争は、イギリスがトランスヴァール共和国とオレンジ共和国を征服するために起こした戦争です。

戦争を主導したのは、ケープ植民地首相のセシル=ローズと保守党内閣の植民地大臣だったジョゼフ=チェンバレンでした。

 

ブール人は、イギリスによるケープ植民地支配から逃れるため北方に移動したオランダ系白人のことです。

彼らは、アフリカ人の土地を奪いつつトランスヴァール共和国とオレンジ共和国を建国しました。

19世紀後半に両国で金やダイヤモンドが発見されたことをきっかけに、イギリスによる侵略が始まりました。

これに対し、トランスヴァール共和国とオレンジ共和国は同盟を結んで対抗します。

 

1899年、両国とイギリスは戦争状態に突入し、南アフリカ戦争が始まりました。

戦争はイギリスの予想を超えて激化し、1902年まで続きました。

最終的に、両国はイギリスに併合されたものの、イギリスは大きな犠牲を払いました。

 

表の白人の比率や人口を見ると、ウがイを大幅に上回っています。

このことから、ウは白人割合が多いナタール植民地、イがベチュアナランド保護領であることがわかります。

 

また、南アフリカ戦争の結果、トランスヴァール共和国とオレンジ共和国はイギリスの植民地となりました。

よって、エに入る文は あ が妥当です。

まとめ

南アフリカ戦争は背景・関係国・人物が入り組む重要テーマです。

ブール人の歴史やイギリスの帝国主義政策を流れで理解し、地図や統計資料と結びつけて地域ごとの特徴を押さえる学習を意識しましょう。

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02

イ には ベチュアナランド保護領、ウ には ナタール植民地 が当てはまります。

「ベチュアナランドは、白人の割合が圧倒的に低かった」、「ナタール植民地は、白人の割が合が他のアフリカ植民地より高かった」がヒントに

なります。

 

(エ)に入れる文 あ  1895年の地図では独立していますが、後にイギリスの植民地になりました が当てはまります。

トランスヴァール共和国とオレンジ自由国は、1899-1902年の第二次南アフリカ戦争(ボーア戦争)でイギリスに破れ、イギリスの植民地になりました。

 

よって、正解は イ:ベチュアナランド保護領  ウ:ナタール植民地  エ:あ になります。

 

 

選択肢1. イ:ベチュアナランド保護領  ウ:ナタール植民地  エ:あ

正しい選択肢です。

選択肢2. イ:ベチュアナランド保護領  ウ:ナタール植民地  エ:い

誤った選択肢です。

選択肢3. イ:ナタール植民地  ウ:ベチュアナランド保護領  エ:あ

誤った選択肢です。

選択肢4. イ:ナタール植民地  ウ:ベチュアナランド保護領  エ:い

誤った選択肢です。

参考になった数0

03

正しい組合せは、
「イ:ベチュアナランド保護領 ウ:ナタール植民地 エ:あ」です。

 

 

【イ・ウに入れる地域(表の読み取り)】

イの白人比率 0.8%

授業で「白人の割合が圧倒的に低く、首長を通じて間接支配された保護領」と紹介されたのはベチュアナランド保護領(現ボツワナ)です。

 

ウの白人比率 8.8%

「白人の割合が高めで自治権が与えられた植民地」はナタール植民地に該当します。

 

【エに入れる文(トランスヴァール共和国・オレンジ自由国の説明)】

両国は1890年代には独立したボーア人共和国でしたが、第2次ボーア戦争(1899-1902)でイギリスに敗れて植民地化されました。

したがって適切な文は、

「あ 1895年の地図では独立していますが、後にイギリスの植民地になりました」です。

 

「い」は「戦争後も独立維持」となるため誤りです。

選択肢1. イ:ベチュアナランド保護領  ウ:ナタール植民地  エ:あ

正しい組み合わせです。

選択肢2. イ:ベチュアナランド保護領  ウ:ナタール植民地  エ:い

誤りです。

選択肢3. イ:ナタール植民地  ウ:ベチュアナランド保護領  エ:あ

誤りです。

選択肢4. イ:ナタール植民地  ウ:ベチュアナランド保護領  エ:い

誤りです。

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