大学入学共通テスト(地理歴史) 過去問
令和7年度(2025年度)本試験
問5 (歴史総合,世界史探究(第1問) 問5)

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問題

大学入学共通テスト(地理歴史)試験 令和7年度(2025年度)本試験 問5(歴史総合,世界史探究(第1問) 問5) (訂正依頼・報告はこちら)

歴史総合の授業で、身の回りの諸事象が日本や世界の歴史とどのようにつながっているかを、装いの歴史を通して、資料を基に探究することとした。これらの活動に関して述べた次の文章を読み、後の問いに答えよ。(資料には、省略したり、改めたりしたところがある。)

三つの班が、女性の装いに関する資料を収集し、発表に向けた準備をしている。

1班は、1920~1930年代の東アジアの女性の装いについて調べ、パネル1を作成した。パネル1から読み取れることや、その背景について述べた文として最も適当なものを、後の選択肢のうちから一つ選べ。

パネル1
・欧米の最新の装いや髪型を模倣した女性は、1920年代後半の東京や大阪で、モダンガールと呼ばれた。
・大衆化の進展に伴い、1930年代の京城や上海、天津などでも、モダンガールの装いが見られた。
・上海で1931〜1937年に発行された女性誌『玲瓏』(れいろう)では、モダンガールが表紙を飾ることもあった。
  • 日本のモダンガールと呼ばれた女性の髪型は、ロングヘアーを特徴としていた。
  • 東アジアでは、独立国、植民地、租界を問わず、モダンガールの装いが見られた。
  • モダンガールが闊歩(かっぽ)した1930年代の京城には、統監府が設置されていた。
  • 『玲瓏』が上海で創刊された当時の中国は、中華人民共和国である。

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この過去問の解説 (1件)

01

女性の服装の変化と東アジアの近現代史の関連を問う問題です。

選択肢1. 日本のモダンガールと呼ばれた女性の髪型は、ロングヘアーを特徴としていた。

不適

 

モダンガールは、大正末期から昭和初期の女性をあらわした言葉です。

モダンガールを象徴する髪型は、肩に髪がつかない程度のボブヘアです。

選択肢2. 東アジアでは、独立国、植民地、租界を問わず、モダンガールの装いが見られた。

適切

 

モダンガールは日本だけではなく、日本の植民地であった京城(ソウル)や

外国の租借地だった上海や天津などでも見られました。

選択肢3. モダンガールが闊歩(かっぽ)した1930年代の京城には、統監府が設置されていた。

不適

 

統監府は1906年に設置された機関です。

1910年の韓国併合後、統監府は廃止され、朝鮮総督府が置かれました。

1930年に京城にあったのは朝鮮総督府です。

選択肢4. 『玲瓏』が上海で創刊された当時の中国は、中華人民共和国である。

不適

 

女性誌『玲瓏』が発行された1931~37年は中華民国の時代です。

 

近代中国について、簡単に整理します。

 

1911年:辛亥革命で清が滅亡し、中華民国が成立

1931年:満州事変

1937年:日本と中華民国が戦う日中戦争が勃発

1945~49年:第二次国共内戦

1949年:中華人民共和国の成立

⇒蒋介石は台湾に逃れ、中華民国を継続

まとめ

近代東アジアの歴史は、日本と中国の動きが中心となります。

両国の歴史を連動させて理解を深めましょう。

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