大学入学共通テスト(地理歴史) 過去問
令和7年度(2025年度)本試験
問21 (歴史総合,世界史探究(第3問) 問6)

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問題

大学入学共通テスト(地理歴史)試験 令和7年度(2025年度)本試験 問21(歴史総合,世界史探究(第3問) 問6) (訂正依頼・報告はこちら)

世界史を探究するに当たって資料を適切に活用するには、その資料の持つ文脈や背景を理解する必要がある。このことについて述べた次の文章を読み、後の問いに答えよ。(資料には、省略したり、改めたりしたところがある。)

次の資料3は、19世紀後半にインド考古学調査局初代長官を務めたイギリス人カニンガムが、インドにおける考古学調査の必要性を述べた文章の一部である。

資料3
私の経験上、英領インドでは、多くの遺跡が美しく興味深いものであるにもかかわらず、いかに無視されてきたかに気付かされる。
プリニウスは、『博物誌』において、古代インドの地理をより明確に記述するために、アレクサンドロス大王の足跡を追い掛けている。これに倣って、私は、中国人巡礼者である( ウ )の歩みを追い掛ける。彼は、7世紀に仏教の歴史や伝統に関わる全ての名だたる遺跡を訪れている。彼の旅行記では、仏教遺跡がそれに関わる伝承とともに詳しく記述されているだけでなく、バラモン教寺院の数や外観も記されている。

18世紀以降のヨーロッパにおけるインド学の発展のなかで、イギリスのインド史研究者は、黄金期の「ヒンドゥー時代(古代)」、暗黒期の「イスラーム時代(中世)」、「イギリス時代(近代)」という時代区分を、インド史に導入した。そして彼らは、イギリスがインドの人々を( エ )から救い出し、ヒンドゥーの社会・文化を復興する時期として「イギリス時代」を位置づけることで、イギリスの植民地支配を正当化しようとした。それゆえに、植民地支配による復興の対象となる、古代インドの歴史に関心が集まっていた。
インドでの長期の経験を通じて古代史に興味を抱いたカニンガムは、ヨーロッパにおけるインド学の学者とは、歴史を研究する上での立場が異なっていた。インド古代史研究のために、インドの人々によって記されたサンスクリット語古典文献を用いるヨーロッパの学者とは異なり、カニンガムは、( ウ )の旅行記である『大唐西域記』などの資料を用いる研究手法を、資料3の中で提示している。

文章中の空欄( エ )に入る語句あ・いと、カニンガムと同じ手法で資料を用いたと考えられる研究X・Yとについて、最も適当なものの組合せを、後の選択肢のうちから一つ選べ。

( エ )に入る語句
あ  グプタ朝の下での仏教徒による支配
い  ムガル帝国の下でのムスリムによる支配

カニンガムと同じ手法で資料を用いたと考えられる研究
X  「死者の書」を用いた、古代エジプトについての研究
Y  ルブルックが残した記録を用いた、モンゴル帝国についての研究
  • あ ― X
  • あ ― Y
  • い ― X
  • い ― Y

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この過去問の解説 (1件)

01

最も適当な組合せは、「い―Y」です。
 

(エ)は、イギリス側が「暗黒期」と見なしたイスラーム時代(中世)を指すので、ムガル帝国の下でのムスリムによる支配が入ります。
またカニンガムの方法は、旅行記のような「現地を見た人の記録」を手がかりに歴史や遺跡を考えるやり方なので、同じタイプなのはルブルックの記録を使った研究です。

選択肢4. い ― Y

(エ)はムガル帝国の下でのムスリムによる支配が入り、資料の文脈(暗黒期=イスラーム時代という枠組みで植民地支配を正当化する)に合います。
そしてYは、ルブルックの現地報告(見聞記録)を使ってモンゴル帝国を研究しています。

これは、玄奘の旅行記を手がかりにインドの遺跡や歴史を考えたカニンガムと同じく、「現地を歩いた人の記録」を資料として活用する点で一致します。

まとめ

この問題は、資料の中の「時代区分」と「資料の使い方」をセットで押さえるのがコツです。
(エ)は、イギリスが暗黒期として描いたイスラーム時代(中世)を指すため、ムガル帝国の下でのムスリムによる支配になります。
またカニンガムは、玄奘のような旅行者の記録を使って遺跡や歴史をたどろうとしました。同じ型の資料は、宗教文書よりも、ルブルックのような旅行記・見聞記録です。

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