大学入学共通テスト(地理歴史) 過去問
令和7年度(2025年度)本試験
問36 (歴史総合,日本史探究(第1問) 問4)

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問題

大学入学共通テスト(地理歴史)試験 令和7年度(2025年度)本試験 問36(歴史総合,日本史探究(第1問) 問4) (訂正依頼・報告はこちら)

歴史総合の授業で、「歴史上における境界」という主題を設定し、生徒が探究した。これらの活動に関して述べた次の文章を読み、後の問いに答えよ。(資料には、省略したり、改めたりしたところがある。)

次の授業で、丸島さんは、疫病の流行が「境界」を意識させることに興味を持ち、先生と話をしている。

丸島:b1858年の日本でのコレラ流行は、アメリカ軍艦ミシシッピ号の乗組員がもたらしたものだとされています。私はこの時代の水際対策に興味があるのですが、各国はどのように国境で検疫を行い、人やモノの移動を制限したのでしょうか。
先生:1851年の国際衛生会議では、検疫の実施をめぐって大きく対立しました。例えば、( ア )は、( イ )ということを理由に、検疫に反対しました。
丸島:検疫実施に反対したことには、( ア )が穀物法を廃止したことにも通じる考え方があったのですね。
先生:そのとおりです。その後、第一次世界大戦終結から第二次世界大戦勃発までの時期には、政治的対立を乗り越えて、国際保健協力を発展させる動きも見られました。例えばこの時期、( ウ )にもかかわらず、国際保健の面では協力がなされたというような事例が挙げられます。
丸島:なるほど、疫病流行は国を越えて起こるものだからこそ、対立を乗り越えて国際協力を実現することが重要だという認識が、こうして生まれたのですね。

会話文中の空欄( ウ )に入る文として最も適当なものを、次の選択肢のうちから一つ選べ。
  • イギリスが、「光栄ある孤立」政策を堅持していた
  • パレスチナに建国されたイスラエルが、アラブ諸国との間で対立を深めていた
  • 日本が、盧溝橋事件をめぐる調査に反発し、国際連盟を脱退した
  • 第一次世界大戦で敗戦国となったドイツが、当初国際連盟に加盟できなかった

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この過去問の解説 (1件)

01

(ウ)は「政治的対立」が分かる内容で、なおかつ時代が戦間期に当てはまるものを選ぶのがポイントです。
「光栄ある孤立」は19世紀、イスラエル建国は第二次世界大戦後で時代外です。

日本の選択肢は出来事の結び付けが不自然です。
そのため、「敗戦国ドイツは当初国際連盟に入れなかった」という政治的な隔たりがありつつも、疫病対策では協力が進んだ、という説明になるドイツの選択肢が最も適当です。

選択肢1. イギリスが、「光栄ある孤立」政策を堅持していた

「光栄ある孤立」は主に19世紀後半のイギリス外交を指す言葉です。
問題文が示すのは第一次世界大戦後~第二次世界大戦前なので、時代がずれていて合いません。

選択肢2. パレスチナに建国されたイスラエルが、アラブ諸国との間で対立を深めていた

イスラエルの建国は1948年で、第二次世界大戦の後です。

選択肢3. 日本が、盧溝橋事件をめぐる調査に反発し、国際連盟を脱退した

日本の国際連盟脱退は、一般に満州事変をめぐる国際連盟の対応(調査・報告など)への反発が背景です。
「盧溝橋事件(1937年)」を理由に脱退した、という形は流れとして不自然で、文の内容として合いにくいです。

選択肢4. 第一次世界大戦で敗戦国となったドイツが、当初国際連盟に加盟できなかった

第一次世界大戦後、ドイツは敗戦国として国際政治の場で制限を受け、当初は国際連盟に参加できませんでした。
それでも感染症対策などは国境を越える問題なので、政治的な対立や排除があっても、国際保健の面では協力が進むことがあります。

問題文の「(ウ)にもかかわらず、国際保健の面では協力がなされた」という形に最も合います。

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