大学入学共通テスト(地理歴史) 過去問
令和7年度(2025年度)追・再試験
問3 (歴史総合,世界史探究(第1問) 問3)

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問題

大学入学共通テスト(地理歴史)試験 令和7年度(2025年度)追・再試験 問3(歴史総合,世界史探究(第1問) 問3) (訂正依頼・報告はこちら)

歴史総合の授業で、「国際イベントとその影響」という主題を設定し、「各イベントが、近現代の歴史の大きな変化の中で、どのような役割を果たしたのか」という問いを立てて各班で調べ、発表に向けた準備をしている。これらの活動に関連した次の文章を読み、後の問いに答えよ。(資料には、省略したり、改めたりしたところがある。)

20世紀前半の日本における博覧会について、2班の生徒が先生と話をしている。

三井:明治時代には、5回の内国勧業博覧会が開かれました。それは富国強兵・殖産興業という目標を体現するものでした。
湯川:大正時代になると、当時の東京府が1922年に上野公園で平和記念東京博覧会を開催しました。
三井:なぜ平和記念という名前が付いているのでしょうか。
湯川:第一次世界大戦の教訓を踏まえ、平和記念というタイトルが付けられたのではないでしょうか。このような時代の風潮は( ウ )という1920年代の国際情勢にも表れています。
先生:その後も昭和初期まで様々なテーマの博覧会が開催されましたが、朝鮮、台湾のほか、(b)満洲でも大規模な博覧会が開催されました。
三井:1930年代の博覧会は、日本初の万国博覧会開催に向けた予行演習であるとも意識されていました。1940年に予定されていた万国博覧会は、神武天皇が即位したとされる年から2600年の記念事業として計画され、同時に東洋初のオリンピック開催も計画されていましたが、日中戦争の影響により、(c)それらは延期や中止を余儀なくされました。
先生:そのとおりですね。では、そのことについて、当時の状況をもう少し詳しく調べてみましょう。

会話文中の空欄( ウ )に入る文として最も適当なものを、次のうちから一つ選べ。
  • フランスとベルギーが、ルール地方を占領した
  • 不戦条約が結ばれた
  • ウィーン会議により、ナポレオン戦争前の国境線に戻された
  • 独ソ不可侵条約が結ばれた

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この過去問の解説 (1件)

01

1920年代の国際情勢に関する穴埋め問題です。

正解は 不戦条約が結ばれた です。

選択肢1. フランスとベルギーが、ルール地方を占領した

ドイツの賠償金支払い遅延を理由に、フランスとベルギーがルール地方を占領したのは1923-25年です。平和記念には関係ないので、この選択肢は誤りです。

選択肢2. 不戦条約が結ばれた

正しい選択肢です。不戦条約は1928年パリで調印されました。ケロッグ=ブリアン協定とも呼ばれています。

選択肢3. ウィーン会議により、ナポレオン戦争前の国境線に戻された

フランスが、ウィーン会議によりナポレオン戦争前の国境線に戻されたのは1815年のことなので、この選択肢は誤りです。

選択肢4. 独ソ不可侵条約が結ばれた

独ソ不可侵条約が結ばれたのは1939年です。1920年代の国際情勢ではないので、この選択肢は誤りです。

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