共通テスト(地理歴史) 過去問
令和7年度(2025年度)追・再試験
問56 (歴史総合,日本史探究(第5問) 問1)
問題文
メモ1
・(a)江戸時代の大名とそれ以前の守護や大名とでは、どのような点が異なっていたのだろうか?
・(b)幕府が、大名に対して様々な統制をしていたのはなぜだろうか?
・そのような幕府の統制のもとで、諸藩はある程度独自の政治を行っていたのではないか?
・(c)藩にとって、財政の運営は重要な課題であったのではないか?
下線部(a)に関して、大名や守護について述べた文として適当でないものを、次のうちから一つ選べ。
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問題
共通テスト(地理歴史)試験 令和7年度(2025年度)追・再試験 問56(歴史総合,日本史探究(第5問) 問1) (訂正依頼・報告はこちら)
メモ1
・(a)江戸時代の大名とそれ以前の守護や大名とでは、どのような点が異なっていたのだろうか?
・(b)幕府が、大名に対して様々な統制をしていたのはなぜだろうか?
・そのような幕府の統制のもとで、諸藩はある程度独自の政治を行っていたのではないか?
・(c)藩にとって、財政の運営は重要な課題であったのではないか?
下線部(a)に関して、大名や守護について述べた文として適当でないものを、次のうちから一つ選べ。
- 室町時代の守護は、原則として自らの領国に居住し、京都には一族の者や有力な家臣を代理として派遣した。
- 戦国時代の大名には、家臣団統制や領国支配のための法を制定する者があった。
- 大名の中には、羽柴(豊臣)秀吉により、他の大名との交戦の停止を命じられた者もいた。
- 江戸時代の大名は、領地の石高を基準として、戦時の軍事動員や平時の大河川などの普請を課されていた。
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この過去問の解説 (2件)
01
この問題では、室町時代から江戸時代にかけての領国支配について問われました。
不適
室町時代の守護は原則在京であり、領国には一族や有力な家臣を派遣して統治させました。
適当
戦国大名の中には分国法と呼ばれる領国支配の法律を制定するものもありました。
朝倉氏:朝倉孝景条々
伊達氏:塵芥集
今川氏:今川仮名目録
武田氏:甲州法度之次第
三好氏:新加制式
法律制定を通じて、戦国大名たちは領国統治を行ったのです。
適当
1585年、関白となった豊臣秀吉は大名同士の戦いを禁じる「惣無事令」を発しました。
この命令に背いたとみなされた島津氏や後北条氏は秀吉によって討伐されたのです。
適当
江戸時代の大名は、石高に応じて兵力を動員するよう定められました。
平時においては、幕府から河川工事などを行う「お手伝い普請」を命じられます。
これによって、諸大名は大きな経済的負担を強いられました。
室町時代の守護大名と江戸時代の大名はかなり性質が異なります。
両者の違いを明確に理解しましょう。
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02
この問題で問われているのは、
近世の守護、大名の治世についてです。
誤りです。
室町時代、守護は京都に常駐し、
家臣や一族のものなど自らの代理を両国へ派遣しました。
正しいです。
戦国時代の大名は、
分国法と呼ばれる決まりを制定していました。
正しいです。
秀吉は惣無事令を出し、
大名同士の交戦をやめさせました。
正しいです。
江戸時代の大名は、石高制のもと、
普請を課されていました。
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