共通テスト(地理歴史) 過去問
令和7年度(2025年度)追・再試験
問58 (歴史総合,日本史探究(第5問) 問3)

このページは閲覧用ページです。
履歴を残すには、 「新しく出題する(ここをクリック)」 をご利用ください。

問題

共通テスト(地理歴史)試験 令和7年度(2025年度)追・再試験 問58(歴史総合,日本史探究(第5問) 問3) (訂正依頼・報告はこちら)

カオルさんは、江戸時代の大名と藩について研究発表することになり、疑問に思ったことをメモ1に書き記した。これを読んで、後の問いに答えよ。(資料には、省略したり、改めたりしたところがある。)

メモ1
(a)江戸時代の大名とそれ以前の守護や大名とでは、どのような点が異なっていたのだろうか?
(b)幕府が、大名に対して様々な統制をしていたのはなぜだろうか?
・そのような幕府の統制のもとで、諸藩はある程度独自の政治を行っていたのではないか?
(c)藩にとって、財政の運営は重要な課題であったのではないか?

下線部(c)に関する調査の中で、次の資料を発見した。資料から読み取れる事柄に関して述べた文あ~えについて、正しいものの組合せを、後の選択肢のうちから一つ選べ。

資料
昔ヨリ買売ニテ国用(注1)ヲ足シ、禄食ニ代(か)フル国アリ。(中略)津和野侯ハ、四万石余ノ禄ナルガ、半紙ヲ造出シテ、是(これ)ヲ占(しめ)テ売ル故ニ、十五万石ノ禄ニ比ス(注2)。(中略)薩摩ハ本(もと)ヨリ大国ナレドモ、琉球ノ貨物ヲ占テ売出ス故ニ、其(その)富裕海内(かいだい)(注3)ニ勝(すぐ)レタリ。中華ノ貨物モ、琉球ニ 伝(つたわり)テ薩摩ニ来リ、薩摩ヨリ此方(このほう)(注4)ノ諸国ニ流布スルコト多シ。
(注1)国用:藩の経費。
(注2)比ス:比肩する。同等である。
(注3)海内:(日本)国内。
(注4)此方:日本。

あ  津和野藩は、特産品の半紙を独占的に販売することで、本来の石高から得られる年貢以外に大きな収入を得ていた。
い  薩摩藩は、中国の品物を琉球に対して独占的に販売することで、大きな収入を得ていた。
う  藩が商業活動で利益を上げることに対する評価に着目すると、資料の著者は太宰春台と推測できる。
え  藩が商業活動で利益を上げることに対する評価に着目すると、資料の著者は安藤昌益と推測できる。
  • あ・う
  • あ・え
  • い・う
  • い・え

正解!素晴らしいです

残念...

この過去問の解説 (2件)

01

史料読解と江戸時代の産業政策に影響を及ぼした学者の組み合わせに関する出題です。

 

史料を見ると、以下の点がわかります。

・津和野藩は四万石の石高であったが、半紙の販売で十五万石の藩と同じ程度の収入を得ていた

・薩摩藩は中国の物産を琉球を通じて入手し、日本国内で販売することで大きな利益を得ていた

 

太宰春台は『経済録』などを著した儒学者で、藩政改革の現実的な対応を主張しました。

一方、安藤昌益は『自然真営道』などを著し、自給自足の世の中を理想として封建制度を批判しました。

 

よって、これらの内容から あ・う の組み合わせが適当です。

まとめ

代表的な儒学者の主著や主張を整理しておきましょう。

参考になった数0

02

この問題で押さえておくべき点は、

資料の内容と、当時の学者の理論についてです。

まず資料より、津和野藩が藩士の販売により、

石高以上に儲けていたことがわかります。

ここから(あ)は正しいと分かります。

次に(い)についてですが、

資料には、中国の品物が琉球、薩摩を経由して、

国内へ広まっていたとあるため、これは誤りです。

最後に(う)、(え)ですが、

古学派の太宰春台が、

商業や貨幣経済を比較的高く評価していたのに対し、

安藤昌益は商業や貨幣経済を強く批判していました。

資料は商業による富の創出に肯定的なため、

(う)が正しいと分かります。

参考になった数0