共通テスト(地理歴史) 過去問
令和8年度(2026年度)本試験
問7 (歴史総合,世界史探究(第1問) 問7)

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問題

共通テスト(地理歴史)試験 令和8年度(2026年度)本試験 問7(歴史総合,世界史探究(第1問) 問7) (訂正依頼・報告はこちら)

歴史総合の授業で、「近現代における都市の変容」という主題について班別学習をした。次の文章を読み、後の問いに答えよ。(資料には、省略したり、改めたりしたところがある。)

坂井さんの班は、植民地化されたアジアの都市をテーマにして話し合った。

坂井:a 東南アジア各地は、ヨーロッパ諸国によって植民地化されています。例えば、フランスは、19世紀後半に、まずサイゴンを拠点にして、東南アジアの植民地化を進めていきます。
永島:サイゴン近隣のメコンデルタは、米穀生産が盛んな地域ですね。植民地化以前から、この地域で生産された米穀は、華僑・華人によって東アジアや東南アジアの各地に向けて輸出されていました。
吉村:1889年のサイゴンにおける現地の人以外の人口構成を見ると、華僑・華人の方が、主に植民地官僚と商人であったフランス人よりも多く、華僑・華人の活動が継続していたことが読み取れます。植民地化されて、変わったところと、そうでないところがあるのですね。
先生:考察が深まっていますね。植民地と一口に言っても、それぞれの地域の事情や、植民地化を進める宗主国の都合によって、状況は異なります。いくつか主要な都市を取り上げて、比較してみましょう。

永島さんは、第二次世界大戦後の香港の経済発展を支えた背景として、1950年代に着目してノート2を作成した。ノート2中の空欄( ア )・( イ )に入る語句の組合せとして正しいものを、後の選択肢のうちから一つ選べ。

ノート2
・香港はもともと中継貿易港として発展していた。イギリス本国からやってきた人は少なく、人口の大部分を占める現地の人のほとんどは、周辺から入ってきた中国人であった。1931年の調査では、非中国人人口は3万人弱で、香港の人口全体の約3%に過ぎなかった。
・香港には内戦から逃れてきた人々がさらに流入し、人口は60万人(1945年8月)から250万人(1955年)へ急増した。
・中国の人民義勇軍が( ア )に介入すると、アメリカ合衆国はイギリスに、中国との貿易を停止するよう要求した。この結果、香港と中国との貿易は途絶えたため、香港では、繊維製品やプラスチック製品などを生産する、労働集約型製造業が発展した。
考察:戦後香港の経済発展の背景には、( イ )があった。
  • ア — 朝鮮戦争  イ — 重工業への優先投資
  • ア — 朝鮮戦争  イ — 周辺からの労働力の流入
  • ア — ベトナム戦争  イ — 重工業への優先投資
  • ア — ベトナム戦争  イ — 周辺からの労働力の流入

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