共通テスト(地理歴史) 過去問
令和8年度(2026年度)本試験
問6 (歴史総合,世界史探究(第1問) 問6)

このページは閲覧用ページです。
履歴を残すには、 「新しく出題する(ここをクリック)」 をご利用ください。

問題

共通テスト(地理歴史)試験 令和8年度(2026年度)本試験 問6(歴史総合,世界史探究(第1問) 問6) (訂正依頼・報告はこちら)

歴史総合の授業で、「近現代における都市の変容」という主題について班別学習をした。次の文章を読み、後の問いに答えよ。(資料には、省略したり、改めたりしたところがある。)

坂井さんの班は、植民地化されたアジアの都市をテーマにして話し合った。

坂井:a 東南アジア各地は、ヨーロッパ諸国によって植民地化されています。例えば、フランスは、19世紀後半に、まずサイゴンを拠点にして、東南アジアの植民地化を進めていきます。
永島:サイゴン近隣のメコンデルタは、米穀生産が盛んな地域ですね。植民地化以前から、この地域で生産された米穀は、華僑・華人によって東アジアや東南アジアの各地に向けて輸出されていました。
吉村:1889年のサイゴンにおける現地の人以外の人口構成を見ると、華僑・華人の方が、主に植民地官僚と商人であったフランス人よりも多く、華僑・華人の活動が継続していたことが読み取れます。植民地化されて、変わったところと、そうでないところがあるのですね。
先生:考察が深まっていますね。植民地と一口に言っても、それぞれの地域の事情や、植民地化を進める宗主国の都合によって、状況は異なります。いくつか主要な都市を取り上げて、比較してみましょう。

吉村さんは、朝鮮半島の京城(現ソウル)が日本の統治によって変容した様子を調べ、パネル2を作成した。パネル2に関して述べた文あ~えについて、正しいものの組合せを、後の選択肢のうちから一つ選べ。

あ  清渓川の南側には、日本語の地名や日本の百貨店が見られる。
い  朝鮮総督府が移転したのは、日本人住民の割合が大きい地域だった。
う  パネル2が示しているのは、三・一独立運動後の京城である。
え  パネル2の時期に、日本の政府開発援助(ODA)により工業化が進んだ。
問題文の画像
  • あ・う
  • あ・え
  • い・う
  • い・え

正解!素晴らしいです

残念...

この過去問の解説 (2件)

01

最も適当な組合せは、あ・うです。

選択肢1. あ・う

正解です。

 

「あ」は、パネル2から確認できます。清渓川の南側には、長谷川町・明治町・本町・旭町など、日本式の「町」を使った地名があります。また、三越百貨店京城支店も描かれています。

「う」も合っています。パネル2は1930年代半ばの京城を示しています。三・一独立運動は1919年に起こったので、パネル2はその後の時代です。

 

「い」は、朝鮮総督府が置かれた北部の日本人割合が低かったことから合いません。

「え」も、1930年代の植民地統治と、戦後に行われるODAとを混同しているため合いません。

参考になった数0

02

あ  清渓川の南側には、日本語の地名や日本の百貨店が見られる。

正しい文章です。長谷川町や三越百貨店などが確認できます。

 

い  朝鮮総督府が移転したのは、日本人住民の割合が大きい地域だった。

朝鮮総督府は、安国洞の隣に移転しています。この付近は朝鮮人住民の割合が大きい地域なので、この文章は誤りです。

 

う  パネル2が示しているのは、三・一独立運動後の京城である。

正しい文章です。三・一独立運動は、1919年に起こりました。

 

え  パネル2の時期に、日本の政府開発援助(ODA)により工業化が進んだ。

日本の政府開発援助(ODA)が韓国に実施されたのは1965年以降のことなので、この文章は誤りです。

 

よって、正解は あ・う になります。
 

 

選択肢1. あ・う

正しい選択肢です。

選択肢2. あ・え

誤った選択肢です。

選択肢3. い・う

誤った選択肢です。

選択肢4. い・え

誤った選択肢です。

参考になった数0