共通テスト(地理歴史) 過去問
令和8年度(2026年度)本試験
問12 (歴史総合,世界史探究(第2問) 問4)

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問題

共通テスト(地理歴史)試験 令和8年度(2026年度)本試験 問12(歴史総合,世界史探究(第2問) 問4) (訂正依頼・報告はこちら)

世界史探究の授業で、世界史上における様々な法のあり方とその運用をテーマに、生徒たちが班別学習を行った。次の文章を読み、後の問いに答えよ。(資料には、省略したり、改めたりしたところがある。)

2班では、中世ヨーロッパにおける慣習法についての発表を準備している。

小澤:中世ヨーロッパの農村社会についてもっと詳しく知るために、13世紀のフランス北部ボヴェジ(ボーヴェ)地方でまとめられた『ボヴェジの慣習法』(資料3・4)を持ってきたよ。

資料3
3月に麦を播種(はしゅ)すべき土地は、播種のために犂耕(りこう)された後、禁区となる。また、牧草地は、3月半ばから草が刈り取られる時期まで、囲い地は、全季節にわたり、森も全季節にわたって、禁区となる。牧草地では、どの季節においても、豚は許されない。なぜなら豚は、土を掘り返すことで牧草地を悪化させるからである。

資料4
ボヴェジでは、農奴は他の地方に比べて丁重に扱われてきた。彼らは自らの領主に対して、慣習で定められた貢納の義務を果たす限りにおいて、その領主の裁判権の及ばない所へと奉仕しに行くことができ、また移り住むことができるのである。

永井:資料3では、土地の利用方法について、具体的な規則が定められているね。
中島:そう言えば11世紀頃から農村では、( イ )と授業で習ったよ。
小澤:a その時期から新しい農具が普及し、耕地利用の仕方が変わっていったことが、農村社会の変化を促したんだよね。
中島:資料4では、授業で学んだ荘園における農奴の立場とは、異なる立場が見て取れるよ。
永井:慣習法を見ることで、中世の農村社会の具体的な状況が分かって興味深いね。

上記の文章を参考にしつつ、中世ヨーロッパの農奴について述べた文として最も適当なものを、次のうちから一つ選べ。
  • 荘園では、農奴に移住の自由があったとされ、資料4からは、ボヴェジ地方の農奴には、条件付きで移住の自由が認められていたことが分かる。
  • 荘園では、農奴に移住の自由があったとされるが、資料4からは、ボヴェジ地方の農奴には、移住の自由がなかったことが分かる。
  • 荘園では、農奴に移住の自由がなかったとされるが、資料4からは、ボヴェジ地方の農奴には、条件付きで移住の自由が認められていたことが分かる。
  • 荘園では、農奴に移住の自由がなかったとされ、資料4からも、ボヴェジ地方の農奴には、移住の自由がなかったことが分かる。

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この過去問の解説 (2件)

01

この問題では、一般的な農奴の特徴と、資料4に書かれたボヴェジ地方の実態を分けて考えることが大切です。

選択肢3. 荘園では、農奴に移住の自由がなかったとされるが、資料4からは、ボヴェジ地方の農奴には、条件付きで移住の自由が認められていたことが分かる。

正解です。

一般的な荘園の農奴は、領主に対して労働や貢納などの義務を負い、土地にしばられた身分でした。

そのため、自由に移住することは基本的にできませんでした。

一方、資料4のボヴェジ地方では、農奴が慣習で決められた貢納の義務を果たすことを条件に、ほかの場所へ働きに行ったり移住したりできました。

一般的な農奴の姿と、資料4に示された地域特有の実態との違いを正しく説明しています。

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02

資料4からは、ボヴェジ地方の農奴には、条件付きで移住の自由が認められていたことが分かります。

そして、「資料4では、授業で学んだ荘園における農奴の立場とは異なる立場が見て取れる」と会話がされているので、授業では、荘園において農奴に移住の自由がなかったとされていることが推定できます。

 

よって、正解は 荘園では、農奴に移住の自由がなかったとされるが、資料4からは、ボヴェジ地方の農奴には、条件付きで移住の自由が認められていたことが分かる。 になります。

選択肢1. 荘園では、農奴に移住の自由があったとされ、資料4からは、ボヴェジ地方の農奴には、条件付きで移住の自由が認められていたことが分かる。

誤った選択肢です。

選択肢2. 荘園では、農奴に移住の自由があったとされるが、資料4からは、ボヴェジ地方の農奴には、移住の自由がなかったことが分かる。

誤った選択肢です。

選択肢3. 荘園では、農奴に移住の自由がなかったとされるが、資料4からは、ボヴェジ地方の農奴には、条件付きで移住の自由が認められていたことが分かる。

正しい選択肢です。

選択肢4. 荘園では、農奴に移住の自由がなかったとされ、資料4からも、ボヴェジ地方の農奴には、移住の自由がなかったことが分かる。

誤った選択肢です。

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