共通テスト(地理歴史) 過去問
令和8年度(2026年度)本試験
問41 (歴史総合,日本史探究(第2問) 問1)

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問題

共通テスト(地理歴史)試験 令和8年度(2026年度)本試験 問41(歴史総合,日本史探究(第2問) 問1) (訂正依頼・報告はこちら)

ミチさんとダイさんは、日本の漁業の歴史について調べることにした。後の問いに答えよ。(資料には、省略したり、改めたりしたところがある。)

二人は、江戸時代の地引(地曳)網漁を描いた図1を見つけた。図1に関して述べた文として最も適当なものを、後の選択肢のうちから一つ選べ。
問題文の画像
  • この地域に大規模な地引網漁などの網漁法をもたらしたのは、東北地方の漁民であった。
  • この地域で地引網漁が発達した背景には、肥料としての干鰯の需要が増大したことがあった。
  • この地引網漁の網元は、場所請負制で経営を請け負った商人で、現地の住民を網子として使役していた。
  • 長崎貿易で俵物が新たな輸出品となったことで、この地域の地引網漁はさらに活況を呈した。

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この過去問の解説 (3件)

01

江戸時代の地引(地曳)網漁に関する問題です。

選択肢1. この地域に大規模な地引網漁などの網漁法をもたらしたのは、東北地方の漁民であった。

誤りです。

九十九里浜で行われていた漁法は、上方からもたらされたものでした。

選択肢2. この地域で地引網漁が発達した背景には、肥料としての干鰯の需要が増大したことがあった。

正しい選択肢です。

鰯を乾燥させた干鰯は、金肥として出荷されました。商品作物の栽培に、干鰯は必要不可欠のものでした。

選択肢3. この地引網漁の網元は、場所請負制で経営を請け負った商人で、現地の住民を網子として使役していた。

誤りです。

場所請負制度は、江戸時代の松前藩で、運上金の納入を条件に、藩士がアイヌとの交易権を商人に委託した制度です。

選択肢4. 長崎貿易で俵物が新たな輸出品となったことで、この地域の地引網漁はさらに活況を呈した。

誤りです。

いりこ・干鮑・ふかのひれといった俵物は、蝦夷地を産地としているため、上総の地引網漁とは結び付きません。

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02

江戸時代の地引(地曳)網漁に関する問題です。

選択肢1. この地域に大規模な地引網漁などの網漁法をもたらしたのは、東北地方の漁民であった。

誤り

 

九十九里浜で鰯の網漁がさかんになったのは江戸時代で、この漁法はもともとは東北地方ではなく上方で行われていました。

 

選択肢2. この地域で地引網漁が発達した背景には、肥料としての干鰯の需要が増大したことがあった。

正しい

 

九十九里浜で鰯の網漁がさかんに行われ、鰯を乾燥させた干鰯は金肥として普及し、木綿などの商品作物の栽培に利用されました。

選択肢3. この地引網漁の網元は、場所請負制で経営を請け負った商人で、現地の住民を網子として使役していた。

誤り

 

場所請負制度は松前藩が上級藩士に商場でのアイヌとの交易権を知行として与えた制度です。

選択肢4. 長崎貿易で俵物が新たな輸出品となったことで、この地域の地引網漁はさらに活況を呈した。

誤り

 

俵物は蝦夷地を産地としており、長崎貿易とは関係がありません。

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03

江戸時代の地引(地曳)網漁に関する問題です。

選択肢1. この地域に大規模な地引網漁などの網漁法をもたらしたのは、東北地方の漁民であった。

地引網漁は九十九里浜が有名ですが、その漁法は紀州の漁民によって伝えられたとされています。東北地方の漁民ではないので、この文章は誤りです。

選択肢2. この地域で地引網漁が発達した背景には、肥料としての干鰯の需要が増大したことがあった。

正しい選択肢です。九十九里浜ではイワシがよく収穫されますが、干鰯の原料として利用されていました。

選択肢3. この地引網漁の網元は、場所請負制で経営を請け負った商人で、現地の住民を網子として使役していた。

場所請負制は、江戸時代の蝦夷地で行われていた経営制度です。この文章は誤りです。

選択肢4. 長崎貿易で俵物が新たな輸出品となったことで、この地域の地引網漁はさらに活況を呈した。

中国に輸出する長崎貿易の俵物は、いりこ、干しアワビ、フカヒレが代表とされています。イワシではないので、この文章は誤りです。

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