共通テスト(地理歴史) 過去問
令和8年度(2026年度)本試験
問61 (歴史総合,日本史探究(第5問) 問5)

このページは閲覧用ページです。
履歴を残すには、 「新しく出題する(ここをクリック)」 をご利用ください。

問題

共通テスト(地理歴史)試験 令和8年度(2026年度)本試験 問61(歴史総合,日本史探究(第5問) 問5) (訂正依頼・報告はこちら)

教科書に掲載された天守の写真に魅了されたマチさんのグループは、近世の城郭に着目して調べてみることにした。マチさんたちが作成したノートを読み、後の問いに答えよ。(資料には、省略したり、改めたりしたところがある。)

ノート
近世の城郭の主な特徴
・巨大な石垣が築かれ、何重もの堀がめぐらされていた。
・天守は、領主の威光・権威を広く示した。
・各地の城下町は都市として発展した。

気付いたこと
・近世の城郭が誕生した背景には、a 中世から近世へ移行する時期の政治や社会の変化があった。
・安土城や大坂城は、b 桃山文化を代表する建築物だった。
・c 江戸幕府は、大名の城郭を統制して、その軍事力を抑えようとした。

城郭に着目することで様々なことを考察できることに気が付いたマチさんたちは、城や館の歴史についてまとめた。城や館について述べた文として適当でないものを、次のうちから一つ選べ。
  • 飛鳥時代の朝鮮式山城は、蝦夷に対する軍事的な拠点として朝廷によって築かれた。
  • 鎌倉時代の武士の館は、所領内の要地に築かれ、堀や塀をめぐらしており、周囲に直営の耕地がおかれることがあった。
  • 戦国大名の居館・居城の周辺に建設された城下町は、領国経済の中心としての役割を担うようになった。
  • 近世に築かれて現存する各地の城郭は、地域の歴史を示す文化財であり、なかには世界文化遺産に登録されたものもある。

正解!素晴らしいです

残念...

この過去問の解説 (2件)

01

城や館の歴史に関する問題です。

選択肢1. 飛鳥時代の朝鮮式山城は、蝦夷に対する軍事的な拠点として朝廷によって築かれた。

朝鮮式山城は7世紀後半、唐や新羅などの連合軍に対する軍事的な拠点として朝廷によって築かれました。

蝦夷に対する軍事的な拠点としては、多賀城(724年)・胆沢城(802年)などが挙げられます。

正しい選択肢です。

 

選択肢2. 鎌倉時代の武士の館は、所領内の要地に築かれ、堀や塀をめぐらしており、周囲に直営の耕地がおかれることがあった。

正しい文章です。

選択肢としては誤りです。

選択肢3. 戦国大名の居館・居城の周辺に建設された城下町は、領国経済の中心としての役割を担うようになった。

正しい文章です。代表的な戦国大名の城下町として、安土(織田氏)や山口(大内氏)などがあります。

選択肢としては誤りです。

選択肢4. 近世に築かれて現存する各地の城郭は、地域の歴史を示す文化財であり、なかには世界文化遺産に登録されたものもある。

正しい文章です。日本における城郭の世界文化遺産は、姫路城(1993年)です。

選択肢としては誤りです。

参考になった数0

02

日本の城や館の歴史に関する問題です。

選択肢1. 飛鳥時代の朝鮮式山城は、蝦夷に対する軍事的な拠点として朝廷によって築かれた。

誤り

 

朝鮮式山城は、白村江の戦いの後に、唐や新羅の侵攻に備えて築かれたものです。

選択肢2. 鎌倉時代の武士の館は、所領内の要地に築かれ、堀や塀をめぐらしており、周囲に直営の耕地がおかれることがあった。

正しい

 

鎌倉時代の武士の館は、普段の生活をする住居の周囲に、敵からの攻撃を防ぐ堀や塀をめぐらせていました。

約100メートル四方の「方形館」が一般的でした。

 

選択肢3. 戦国大名の居館・居城の周辺に建設された城下町は、領国経済の中心としての役割を担うようになった。

正しい

 

織田信長が実施した楽市・楽座のように、城下町の商品取引の拡大・円滑化が図られました。

選択肢4. 近世に築かれて現存する各地の城郭は、地域の歴史を示す文化財であり、なかには世界文化遺産に登録されたものもある。

正しい

 

慶長年間に築城された姫路城(白鷺城)は1993年に世界文化遺産として登録されています。

参考になった数0