共通テスト(地理歴史) 過去問
令和8年度(2026年度)追・再試験
問9 (歴史総合,世界史探究(第2問) 問1)

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問題

共通テスト(地理歴史)試験 令和8年度(2026年度)追・再試験 問9(歴史総合,世界史探究(第2問) 問1) (訂正依頼・報告はこちら)

世界史探究の授業で、時代によって建築物や都市空間の持つ意味や利用方法がどのように変化したのかについて、生徒たちが様々な資料を基に考察を深めている。次の文章を読み、後の問いに答えよ。(資料には、省略したり、改めたりしたところがある。)

1班は、中国河北省にある、11世紀に建設された図1の仏塔について調べ、図2とパネルを作成した。

パネル
・図1は定州開元寺塔といい、中国に現存する最も高いレンガ造りの仏塔で、高さは83.7メートルある。開元寺の仏僧がインドから持ち帰った舎利を奉納するために、宋の真宗の命令で建設された。
・塔がある開元寺は、創建年代は不明だが、a 唐の玄宗が、当時の元号に基づき、「開元」という寺名を与えた。
・塔は咸平(かんぺい)4(1001)年に建設が始まり、至和2(1055)年に落成した。
・塔の建設が始まった直後、澶淵の盟が結ばれたことで、定州は宋と「敵」との境界近くに位置することになり、その「敵」を瞭望できることから、瞭敵塔(りょうてきとう)とも呼ばれた。

次の文Ⅰ・Ⅱは、中国における仏教の歴史に関連する出来事を述べている。下線部aの出来事と、文Ⅰ・Ⅱとについて、古いものから年代順に正しく配列したものを、後の選択肢のうちから一つ選べ。

Ⅰ 儒・仏・道の調和を説く全真教が開かれた。
Ⅱ 法顕がインドより帰国して、『仏国記』を著した。
問題文の画像
  • Ⅰ — Ⅱ — 下線部a
  • Ⅰ — 下線部a — Ⅱ
  • Ⅱ — Ⅰ — 下線部a
  • Ⅱ — 下線部a — Ⅰ
  • 下線部a — Ⅰ — Ⅱ
  • 下線部a — Ⅱ — Ⅰ

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この過去問の解説 (2件)

01

a 唐の玄宗が、当時の元号に基づき、「開元」という寺名を与えた。

玄宗は、8世紀前半に開元の治を行ったことで知られています。

 

Ⅰ 儒・仏・道の調和を説く全真教が開かれた。

全真教は、12世紀に金の王重陽によって成立しました。

 

Ⅱ 法顕がインドより帰国して、『仏国記』を著した。

東晋の法顕が『仏国記』を著したのは5世紀前半です。

 

よって、正解は Ⅱ — 下線部a — Ⅰ になります。

選択肢1. Ⅰ — Ⅱ — 下線部a

誤った選択肢です。

選択肢2. Ⅰ — 下線部a — Ⅱ

誤った選択肢です。

選択肢3. Ⅱ — Ⅰ — 下線部a

誤った選択肢です。

選択肢4. Ⅱ — 下線部a — Ⅰ

正しい選択肢です。

選択肢5. 下線部a — Ⅰ — Ⅱ

誤った選択肢です。

選択肢6. 下線部a — Ⅱ — Ⅰ

誤った選択肢です。

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02

Ⅱの法顕は5世紀初め、下線部aの唐の玄宗は8世紀、Ⅰの全真教の成立は12世紀の出来事です。

したがって、古いものから並べると「Ⅱ → 下線部a → Ⅰ」となります。

選択肢4. Ⅱ — 下線部a — Ⅰ

正解です。

 

Ⅱの法顕は、東晋の時代にインドへ渡り、5世紀初めに中国へ帰国して『仏国記』を著しました。

 

下線部aは、唐の玄宗が「開元」という元号にちなんで寺名を与えた出来事です。

玄宗の時代は8世紀です。

 

Ⅰの全真教は、12世紀に王重陽によって開かれた道教の一派です。

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