共通テスト(地理歴史) 過去問
令和8年度(2026年度)追・再試験
問48 (歴史総合,日本史探究(第3問) 問3)

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問題

共通テスト(地理歴史)試験 令和8年度(2026年度)追・再試験 問48(歴史総合,日本史探究(第3問) 問3) (訂正依頼・報告はこちら)

カズミさんは、古代に漆が税として納められていたことに興味を持ち、漆を材料として古代における国家の支配や税制について考えることにした。後の問いに答えよ。(資料には、省略したり、改めたりしたところがある。)

カズミさんは、貢納された漆の管理について調べるなかで、資料3を見つけた。資料3に関して述べた文あ~えについて、正しいものの組合せを、後の選択肢のうちから一つ選べ。

資料3
(720年6月28日)漆部司(ぬりべのつかさ)(注)の丈部路忌寸(はせつかべのみちのいみき)石勝と秦犬麻呂は、漆部司の漆を盗んだ罪によって、流罪とされた。これに対し、石勝の子ら三人が「父石勝は自分たちを養おうとして漆部司の漆を盗みました。(中略)私たち兄弟三人を官の奴婢とすることで、父の重い罪を贖(あがな)わせてください。」と言った。天皇は詔して、「(中略)今、石勝の子らは奴となり、父の罪を贖おうとしている。求めるところによって、父石勝の罪をゆるしなさい。ただし、犬麻呂は刑部省の判決によって配流とする。」と命じた。
(『続日本紀』)
(注)漆部司:大蔵省に所属する役所であり、様々な物品の漆塗り作業を行っていた。

あ  漆部司に所属する人が犯した罪は、漆部司を管轄する役所が裁判を担当していたことが分かる。
い  律令制下において、一度決まった処罰内容が、天皇の判断で変更される場合があったことが分かる。
う  石勝が漆を盗んだのは、漆に商品価値があり、市司が管轄した平城京の市で取引されていたからだと推測できる。
え  石勝が漆を盗んだのは、漆に商品価値があり、寺社の門前などで開催された定期市で取引されていたからだと推測できる。
  • あ・う
  • あ・え
  • い・う
  • い・え

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この過去問の解説 (3件)

01

正しい選択肢は い・う です。

 

あ 漆部司に所属する人が犯した罪は、漆部司を管轄する役所が裁判を担当していたことが分かる。

 

誤った記述です。

資料3には「犬麻呂は刑部省の判決によって配流とする」とあります。漆部司を管理するのは大蔵省なので、誤りとわかります。


い 律令制下において、一度決まった処罰内容が、天皇の判断で変更される場合があったことが分かる。

 

正しい記述です。

石勝は一度流罪となりましたが、天皇は「求めるところによって、父石勝の罪をゆるしなさい」と命じています。


う 石勝が漆を盗んだのは、漆に商品価値があり、市司が管轄した平城京の市で取引されていたからだと推測できる。

 

正しい記述です。

720年は平城京の時代で、京では東市・西市が開かれて市司が管理をしていました。


え 石勝が漆を盗んだのは、漆に商品価値があり、寺社の門前などで開催された定期市で取引されていたからだと推測できる。

 

誤った記述です。

寺社の門前などで開催された定期市は、主に鎌倉時代以降に登場したもので、720年という時期と合いません。

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02

あ  漆部司に所属する人が犯した罪は、漆部司を管轄する役所が裁判を担当していたことが分かる。

裁判は、刑部省が担当しています。漆部司を管轄する大蔵省が担当していたのではないので、この文章は誤りです。

 

い  律令制下において、一度決まった処罰内容が、天皇の判断で変更される場合があったことが分かる。

正しい文章です。三人の石勝の子供の訴えによって、天皇が石勝の判決を無罪に変更しました。

 

う  石勝が漆を盗んだのは、漆に商品価値があり、市司が管轄した平城京の市で取引されていたからだと推測できる。

正しい文章です。平城京には、官設市場として東市と西市が置かれていました。

 

え  石勝が漆を盗んだのは、漆に商品価値があり、寺社の門前などで開催された定期市で取引されていたからだと推測できる。

寺社の門前などで定期市が開催されたのは、鎌倉時代になってからです。この文章は誤りです。

 

よって、正解は い・う になります。

 

 

 

 

選択肢1. あ・う

誤った選択肢です。

選択肢2. あ・え

誤った選択肢です。

選択肢3. い・う

正しい選択肢です。

選択肢4. い・え

誤った選択肢です。

参考になった数0

03

資料3では、漆部司の漆を盗んだ石勝について、いったん流罪とされながら、その後に天皇の命令で罪が許されています。

このことから、一度決まった処罰が天皇の判断で変更される場合があったことが分かります。

 

また、奈良時代の平城京には東市・西市という官営の市場があり、市司が管理していました。

そのため、漆には商品としての価値があり、市場で取引されていたことから盗まれたと考えることができます。

平城京の東西市が市司によって管理されていたことは、奈良文化財研究所の資料でも確認できます。

選択肢3. い・う

正解です。

 

「あ」

これは誤りです。

漆部司は大蔵省に属する役所ですが、資料3では、犬麻呂について「刑部省の判決によって配流とする」と書かれています。

つまり、犯罪の裁判を担当していたのは、漆部司を管轄する大蔵省ではなく、刑罰や裁判を扱う刑部省です。

 

「い」

これは正しい内容です。

石勝は漆を盗んだ罪で、いったん流罪とされました。

ところが、石勝の子どもたちが自分たちを官の奴婢として父の罪を償わせてほしいと願い出ると、天皇はその願いを認め、石勝の罪を許すよう命じました。

このことから、律令に基づいて決められた処罰でも、天皇の判断によって変更される場合があったことが分かります。

 

「う」

これは正しい内容です。

奈良時代の平城京には東市と西市があり、多くの商品が売買されていました。

これらの市場は市司によって管理され、物価の記録なども行われていました。

また、平城京の遺跡からは漆を入れた容器なども見つかっており、漆が当時利用されていた重要な物資だったことが分かります。

そのため、石勝が漆を盗んだ背景には、漆が商品として価値を持っていたことがあると推測できます。

 

「え」

これは誤りです。

寺社の門前や交通の要所で定期的に市が開かれるようになるのは、主に中世の特徴です。

鎌倉時代には月に数回開かれる市などが見られるようになりました。

一方、資料3は720年の奈良時代の出来事です。この時代の都では、平城京の東市・西市という官営市場が重要な取引の場でした。

したがって、寺社の門前の定期市を理由とする説明は時代が合いません。

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