共通テスト(地理歴史) 過去問
令和8年度(2026年度)追・再試験
問63 (歴史総合,日本史探究(第6問) 問3)
問題文
ジュンさんは、近現代を中心に社会的弱者の権利獲得や待遇改善に関して考察することにした。後の問いに答えよ。(資料には、省略したり、改めたりしたところがある。)
ジュンさんはさらに、社会的弱者としての障がい者・患者が自らその要望を主張する当事者運動の存在を知り、その事例をノートにまとめた。ノート中の空欄( ア )・( イ )に入る語句の組合せとして正しいものを、後の選択肢のうちから一つ選べ。
ノート 近現代日本の障がい者・患者の当事者運動の歴史
■1930年代、ハンセン病患者が先駆的に運動を展開。
・政府は、ハンセン病患者の隔離を強化するため、初の国立ハンセン病療養所として長島愛生園を設置。
・長島愛生園に入所するハンセン病患者が、施設の統制的な管理に反対して自治を主張。
■1948年、( ア )患者が全国団体を組織し、療養環境改善を要望。
・( ア )は近代化に伴って拡大し、長く日本人の主な死亡原因の一つ。繊維産業で働く女性労働者も、多く( ア )に感染して死亡。
■1952年、傷痍(しょうい)軍人が全国団体を結成。
・軍人恩給の復活と充実が主な目的の一つ。
・日本が降伏の際に受諾した( イ )によって、連合国が日本を占領。民主化・非軍事化の占領方針に基づき、軍人恩給は廃止。
※傷痍軍人:戦争が原因で発病・負傷し、障がいを負った軍人等。
※軍人恩給:期間や階級に応じて軍人等に支払われた年金。障がいの程度等によって加算があり、戦死の場合は遺族が受け取った。
ジュンさんはさらに、社会的弱者としての障がい者・患者が自らその要望を主張する当事者運動の存在を知り、その事例をノートにまとめた。ノート中の空欄( ア )・( イ )に入る語句の組合せとして正しいものを、後の選択肢のうちから一つ選べ。
ノート 近現代日本の障がい者・患者の当事者運動の歴史
■1930年代、ハンセン病患者が先駆的に運動を展開。
・政府は、ハンセン病患者の隔離を強化するため、初の国立ハンセン病療養所として長島愛生園を設置。
・長島愛生園に入所するハンセン病患者が、施設の統制的な管理に反対して自治を主張。
■1948年、( ア )患者が全国団体を組織し、療養環境改善を要望。
・( ア )は近代化に伴って拡大し、長く日本人の主な死亡原因の一つ。繊維産業で働く女性労働者も、多く( ア )に感染して死亡。
■1952年、傷痍(しょうい)軍人が全国団体を結成。
・軍人恩給の復活と充実が主な目的の一つ。
・日本が降伏の際に受諾した( イ )によって、連合国が日本を占領。民主化・非軍事化の占領方針に基づき、軍人恩給は廃止。
※傷痍軍人:戦争が原因で発病・負傷し、障がいを負った軍人等。
※軍人恩給:期間や階級に応じて軍人等に支払われた年金。障がいの程度等によって加算があり、戦死の場合は遺族が受け取った。
このページは閲覧用ページです。
履歴を残すには、 「新しく出題する(ここをクリック)」 をご利用ください。
問題
反映中…
共通テスト(地理歴史)試験 令和8年度(2026年度)追・再試験 問63(歴史総合,日本史探究(第6問) 問3) (訂正依頼・報告はこちら)
ジュンさんは、近現代を中心に社会的弱者の権利獲得や待遇改善に関して考察することにした。後の問いに答えよ。(資料には、省略したり、改めたりしたところがある。)
ジュンさんはさらに、社会的弱者としての障がい者・患者が自らその要望を主張する当事者運動の存在を知り、その事例をノートにまとめた。ノート中の空欄( ア )・( イ )に入る語句の組合せとして正しいものを、後の選択肢のうちから一つ選べ。
ノート 近現代日本の障がい者・患者の当事者運動の歴史
■1930年代、ハンセン病患者が先駆的に運動を展開。
・政府は、ハンセン病患者の隔離を強化するため、初の国立ハンセン病療養所として長島愛生園を設置。
・長島愛生園に入所するハンセン病患者が、施設の統制的な管理に反対して自治を主張。
■1948年、( ア )患者が全国団体を組織し、療養環境改善を要望。
・( ア )は近代化に伴って拡大し、長く日本人の主な死亡原因の一つ。繊維産業で働く女性労働者も、多く( ア )に感染して死亡。
■1952年、傷痍(しょうい)軍人が全国団体を結成。
・軍人恩給の復活と充実が主な目的の一つ。
・日本が降伏の際に受諾した( イ )によって、連合国が日本を占領。民主化・非軍事化の占領方針に基づき、軍人恩給は廃止。
※傷痍軍人:戦争が原因で発病・負傷し、障がいを負った軍人等。
※軍人恩給:期間や階級に応じて軍人等に支払われた年金。障がいの程度等によって加算があり、戦死の場合は遺族が受け取った。
ジュンさんはさらに、社会的弱者としての障がい者・患者が自らその要望を主張する当事者運動の存在を知り、その事例をノートにまとめた。ノート中の空欄( ア )・( イ )に入る語句の組合せとして正しいものを、後の選択肢のうちから一つ選べ。
ノート 近現代日本の障がい者・患者の当事者運動の歴史
■1930年代、ハンセン病患者が先駆的に運動を展開。
・政府は、ハンセン病患者の隔離を強化するため、初の国立ハンセン病療養所として長島愛生園を設置。
・長島愛生園に入所するハンセン病患者が、施設の統制的な管理に反対して自治を主張。
■1948年、( ア )患者が全国団体を組織し、療養環境改善を要望。
・( ア )は近代化に伴って拡大し、長く日本人の主な死亡原因の一つ。繊維産業で働く女性労働者も、多く( ア )に感染して死亡。
■1952年、傷痍(しょうい)軍人が全国団体を結成。
・軍人恩給の復活と充実が主な目的の一つ。
・日本が降伏の際に受諾した( イ )によって、連合国が日本を占領。民主化・非軍事化の占領方針に基づき、軍人恩給は廃止。
※傷痍軍人:戦争が原因で発病・負傷し、障がいを負った軍人等。
※軍人恩給:期間や階級に応じて軍人等に支払われた年金。障がいの程度等によって加算があり、戦死の場合は遺族が受け取った。
- ア — ペスト イ — カイロ宣言
- ア — ペスト イ — ポツダム宣言
- ア — 結核 イ — カイロ宣言
- ア — 結核 イ — ポツダム宣言
正解!素晴らしいです
残念...
画像拡大
この過去問の解説 (3件)
01
近現代日本の障がい者・患者の当事者運動の歴史についての穴埋め問題です。
ア 結核
結核は近代日本で流行し、長らく日本人の主な死亡原因でした。
ペストが日本で初めて流行したのは1899年で、日本人の主な死亡原因となった病気ではありません。
イ ポツダム宣言
1945年に日本が降伏に際して受諾したのはポツダム宣言です。
カイロ宣言は、第二次世界大戦中の1943年にアメリカ・イギリス・中国が対日方針を示した宣言です。
よって、 ア — 結核 イ — ポツダム宣言 が正解です。
参考になった数0
この解説の修正を提案する
02
結核は、明治時代から1950年頃までは日本人の死亡原因の第一位でした。
ア には 結核 が当てはまります。
日本でペストが初めて流行したのは1899年です。1927年から、日本でペストは発生していません。
日本が降伏の際に受諾したのは、ポツダム宣言です。
イ には ポツダム宣言 が当てはまります。
1943年のカイロ宣言は、対日方針に関する共同宣言です。
誤った選択肢です。
誤った選択肢です。
誤った選択肢です。
正しい選択肢です。
参考になった数0
この解説の修正を提案する
03
1948年に全国団体を組織して療養環境の改善を求めた患者は、結核患者です。
結核は近代日本で広く流行し、工場で働く女性労働者にも多くの患者が出ました。
また、日本が1945年に受諾して降伏したのはポツダム宣言です。
その後、連合国による占領のもとで民主化・非軍事化が進められ、軍人恩給も廃止されました。
正解です。
ペストは日本でも流行した感染症ですが、ノートにあるように、近代化とともに広がり、長い間日本人の主な死亡原因となった病気として重要なのは結核です。
明治以降、製糸業や紡績業などの工場では、多くの女性労働者が集団生活をしていました。
過酷な労働環境や衛生状態などを背景に、結核が広がり、多くの女性労働者が感染しました。
カイロ宣言は、1943年にアメリカ・イギリス・中国が発表したもので、日本が占領した地域の処理などについて示したものです。
日本が1945年に受諾し、降伏する根拠となったのはポツダム宣言です。
日本は1945年にポツダム宣言を受諾して降伏しました。その後、連合国による占領が始まり、民主化と非軍事化が進められました。
その一環として軍人恩給もいったん廃止されました。
参考になった数0
この解説の修正を提案する
前の問題(問62)へ
令和8年度(2026年度)追・再試験 問題一覧
次の問題(問66)へ