共通テスト(地理歴史) 過去問
令和8年度(2026年度)追・再試験
問62 (歴史総合,日本史探究(第6問) 問2)

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問題

共通テスト(地理歴史)試験 令和8年度(2026年度)追・再試験 問62(歴史総合,日本史探究(第6問) 問2) (訂正依頼・報告はこちら)

ジュンさんは、近現代を中心に社会的弱者の権利獲得や待遇改善に関して考察することにした。後の問いに答えよ。(資料には、省略したり、改めたりしたところがある。)

ジュンさんは、近代に入ってからの社会的弱者の救済について調べるなかで、明六社の会員である中村正直らが明治初期に組織した楽善会に関する資料1を見つけた。資料1の内容・社会的背景に関して述べた文あ・いの正誤の組合せとして正しいものを、後の選択肢のうちから一つ選べ。


資料1  楽善会の新聞広告の一部(1877年)
障がい者・患者に教育を授け、社会の一員とすることは、人としての義務、古今東西に通じる道理である。(中略)日本は今、万事維新の時期で、文明の域に進もうとしているのだから、人民も(中略)てを政府に委託せず自ら負担して善事を図らなければならない。そこで我々は趣旨に賛同する人民勢力を糾合して視覚障がい者を対象とした教育施設である訓盲院を設立し、彼ら彼女らが自営自立できるようにしたいと考える。
(『読売新聞』)

あ  障がい者を自力で生活できるようにさせたいという希望は、個人の独立や自主志向の大切さを説く西洋近代思想の流行に対応していた。
い  人民の負担によって訓盲院の設立を実現しようとした背景には、官営の製鉄所が設立され重工業が発展し、産業界が活気づいていたことがあった。
  • あ — 正  い — 正
  • あ — 正  い — 誤
  • あ — 誤  い — 正
  • あ — 誤  い — 誤

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この過去問の解説 (3件)

01

明治初期における社会的弱者の救済に関して述べた文の正誤を問う問題です。


あ 正 
資料1で、障がい者に教育を授け、「自営自立できるようにしたい」と述べ、「すべてを政府に委託せず自ら負担して善事を図らなければならない」として、人民の自助を説いています。
楽善会を組織した中村正直が会員である明六社が欧米思想を紹介した学術団体であることからも、西洋近代思想の流行に対応していたといえます。


い 誤
八幡製鉄所が操業を開始したのは1901年で、資料1が出された1877年より後のことです。
訓盲院の設立の背景に重工業の発展があるとはいえません。

 

よって、 あ — 正  い — 誤 が正解となります。

 

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02

あ  障がい者を自力で生活できるようにさせたいという希望は、個人の独立や自主志向の大切さを説く西洋近代思想の流行に対応していた。

正しい文章です。

「日本は今、万事維新の時期で、文明の域に進もうとしているのだから、」と書かれています。

 

い  人民の負担によって訓盲院の設立を実現しようとした背景には、官営の製鉄所が設立され重工業が発展し、産業界が活気づいていたことがあった。

日本で重工業が発展したのは官営八幡製鉄所が設立された1901年以降になるので、この文章は誤りです。

 

よって、正解は あ — 正  い — 誤 になります。

選択肢1. あ — 正  い — 正

誤った選択肢です。

選択肢2. あ — 正  い — 誤

正しい選択肢です。

選択肢3. あ — 誤  い — 正

誤った選択肢です。

選択肢4. あ — 誤  い — 誤

誤った選択肢です。

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03

資料1では、視覚障がい者が教育を受け、自分の力で生活できるようにすることが目指されています。

これは、明治初期に広まった西洋の近代思想や、個人の独立を重んじる考え方と結び付いています。

選択肢2. あ — 正  い — 誤

正解です。

 

「あ」

これは正しい内容です。

資料1では、視覚障がい者に教育を行い、「自営自立できるようにしたい」と述べています。

明治初期には、西洋の思想や制度が積極的に紹介され、個人が自立して行動することを重視する考え方も広がりました。

たとえば福沢諭吉は『学問のすゝめ』で、身分に頼るのではなく、学問を通して一人ひとりが自立することの大切さを説いています。

楽善会が障がい者の教育と自立を重視したことも、このような個人の独立や自主性を大切にする時代の考え方と結び付けて考えることができます。

 

「い」

これは誤りです。

資料1が出されたのは1877年です。

日本で重工業が本格的に発展していくのは、これより後の時代です。

代表的な官営の製鉄所である八幡製鉄所が操業を始めたのは1901年です。

そのため、1877年の楽善会の活動の背景を、「官営製鉄所の設立によって重工業が発展していたため」と説明することはできません。

資料1で重要なのは、政府だけに任せるのではなく、人民自身が力を出し合って社会の問題を解決しようとしたことです。

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