大学入学共通テスト(地理歴史) 過去問
令和7年度(2025年度)本試験
問9 (歴史総合,世界史探究(第2問) 問1)
問題文
渡辺さんのグループは、調査の過程で、14世紀半ばの都市( ア )の状況について書かれた年代記の一部(資料)を手に入れた。その資料について、渡辺さんと先生が話をしている。
資料
( ア )における疫病は、女性と子供、小売商から始まり、ついには死者の数が増大した。スルタンは、郊外へ移動し、イスラーム暦の第7月1日から20日までにそこに滞在した。彼は、( ア )の城塞に戻ろうとしたが、郊外に逗留(とうりゅう)するように説得された。( イ )による死者の数は毎日300人に達し、第7月の末には毎日1000人以上に達した。アズハル=モスクなどでは、数日にわたりハディースの文言が唱えられ、人々はアッラーに祈願した。この疫病においては、罹患(りかん)するとすぐに死に至るため、誰も薬や医者を必要としなかった。第10月の半ばには、すでに通りや市場が死体で埋め尽くされていた。
渡辺:資料は、当時、ヨーロッパで流行していた( イ )が、地中海交易圏の都市( ア )で猛威を振るった様子を伝えるものです。
先生:ヨーロッパ同様、人口が密集する都市部での急速な感染拡大の様子がうかがえますね。
渡辺:この都市の代表的なモスクで、人々が疫病の終息を祈っている姿が、印象的です。
文章中の空欄( ア )・( イ )に入る語句の組合せとして正しいものを、次の選択肢のうちから一つ選べ。
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問題
大学入学共通テスト(地理歴史)試験 令和7年度(2025年度)本試験 問9(歴史総合,世界史探究(第2問) 問1) (訂正依頼・報告はこちら)
渡辺さんのグループは、調査の過程で、14世紀半ばの都市( ア )の状況について書かれた年代記の一部(資料)を手に入れた。その資料について、渡辺さんと先生が話をしている。
資料
( ア )における疫病は、女性と子供、小売商から始まり、ついには死者の数が増大した。スルタンは、郊外へ移動し、イスラーム暦の第7月1日から20日までにそこに滞在した。彼は、( ア )の城塞に戻ろうとしたが、郊外に逗留(とうりゅう)するように説得された。( イ )による死者の数は毎日300人に達し、第7月の末には毎日1000人以上に達した。アズハル=モスクなどでは、数日にわたりハディースの文言が唱えられ、人々はアッラーに祈願した。この疫病においては、罹患(りかん)するとすぐに死に至るため、誰も薬や医者を必要としなかった。第10月の半ばには、すでに通りや市場が死体で埋め尽くされていた。
渡辺:資料は、当時、ヨーロッパで流行していた( イ )が、地中海交易圏の都市( ア )で猛威を振るった様子を伝えるものです。
先生:ヨーロッパ同様、人口が密集する都市部での急速な感染拡大の様子がうかがえますね。
渡辺:この都市の代表的なモスクで、人々が疫病の終息を祈っている姿が、印象的です。
文章中の空欄( ア )・( イ )に入る語句の組合せとして正しいものを、次の選択肢のうちから一つ選べ。
- ア ― ダマスクス イ ― 梅毒
- ア ― ダマスクス イ ― 黒死病(ペスト)
- ア ― カイロ イ ― 梅毒
- ア ― カイロ イ ― 黒死病(ペスト)
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この過去問の解説 (1件)
01
14世紀の地中海世界で起きた黒死病(ペスト)の大流行を取り上げた出題です。
スルタン、イスラーム暦などの用語から、イスラム圏の出来事であることがわかります。
文中に登場する「アズハル=モスク」は、970年に創建されたモスクで、
エジプトのカイロに建設されました。
アズハル=モスク内のイスラム神学校(マドラサ)はイスラム世界最古とされています。
よって、ア:カイロ、イ:黒死病(ペスト)となります。
ダマスクスにあるのは「ウマイヤ=モスク」で、もっとも古いモスクの一つとされます。
また、梅毒は15世紀に新大陸と呼ばれた南北アメリカから
ヨーロッパにもちこまれた病気でした。
アズハル=モスクがカイロにあることがわからないと、
正解しにくかったかもしれません。
黒死病(ペスト)が14世紀に流行したことや、
梅毒が15世紀に流行したことは頻出事項です。
また、これらの病気が人の移動を通じて世界各国に広がったことも
注目に値します。
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