共通テスト(地理歴史) 過去問
令和7年度(2025年度)追・再試験
問60 (歴史総合,日本史探究(第5問) 問5)
問題文
メモ1
・(a)江戸時代の大名とそれ以前の守護や大名とでは、どのような点が異なっていたのだろうか?
・(b)幕府が、大名に対して様々な統制をしていたのはなぜだろうか?
・そのような幕府の統制のもとで、諸藩はある程度独自の政治を行っていたのではないか?
・(c)藩にとって、財政の運営は重要な課題であったのではないか?
カオルさんは、さらに「近代の代表的な諸都市の中で、江戸時代の藩の城下町に由来するものは、どのくらいあったのだろうか」という点に疑問を持ち、考察することにした。そこで、人口に着目し、日本における人口の上位10都市を表にまとめた。表について述べた文として最も適当なものを、後の選択肢のうちから一つ選べ。
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問題
共通テスト(地理歴史)試験 令和7年度(2025年度)追・再試験 問60(歴史総合,日本史探究(第5問) 問5) (訂正依頼・報告はこちら)
メモ1
・(a)江戸時代の大名とそれ以前の守護や大名とでは、どのような点が異なっていたのだろうか?
・(b)幕府が、大名に対して様々な統制をしていたのはなぜだろうか?
・そのような幕府の統制のもとで、諸藩はある程度独自の政治を行っていたのではないか?
・(c)藩にとって、財政の運営は重要な課題であったのではないか?
カオルさんは、さらに「近代の代表的な諸都市の中で、江戸時代の藩の城下町に由来するものは、どのくらいあったのだろうか」という点に疑問を持ち、考察することにした。そこで、人口に着目し、日本における人口の上位10都市を表にまとめた。表について述べた文として最も適当なものを、後の選択肢のうちから一つ選べ。
- 三都と呼ばれた幕府の直轄都市の数が、次第に減っていくことが読み取れる。
- 藩の城下町に由来する都市の数が、次第に増えていくことが読み取れる。
- 幕末の条約により開かれた対外貿易港の都市の数が、次第に増えていくことが読み取れる。
- 日本海側の都市の数が、次第に増えていくことが読み取れる。
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この過去問の解説 (2件)
01
明治時代から大正時代までの都市人口に関する出題です。
不適
三都は、東京・大阪(大坂)・京都のことですが、常に上位にランクインしています。
不適
金沢や仙台、和歌山といった江戸時代の大藩の城下町は大正時代(1920年)になると姿を消しています。
適当
横浜、神戸、長崎、函館など幕末の開港地は1920年にトップ10以内にランクインしています。
不適
1920年の段階でランクインしている日本海側の都市はありません。
幕藩体制では、各藩の城下町が栄えていました。
しかし、大正時代になると工業化や貿易の発展により、沿岸部に人口が移動します。
社会構造や産業構造の変化により、日本の人口地図が一変したことを理解しましょう。
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02
この問題で問われているのは、
近代の諸都市に関する基礎的な知識と、資料の読み取りです。
誤りです。
三都(江戸、大阪、京都)は常に3つです。
増えも減りもしません。
誤りです。
むしろ都市の数が増えていくにつれ、
城下町由来の都市は相対的に減少します。
正しいです。
対外貿易港の都市(横浜、神戸、長崎、函館)の数が、
次第に増えています。
誤りです。
金沢や広島、富山など日本海側の都市の数が減っています。
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