共通テスト(地理歴史) 過去問
令和7年度(2025年度)追・再試験
問63 (歴史総合,日本史探究(第6問) 問3)

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問題

共通テスト(地理歴史)試験 令和7年度(2025年度)追・再試験 問63(歴史総合,日本史探究(第6問) 問3) (訂正依頼・報告はこちら)

アイさんとマリさんは、20世紀前半を生きた胡桃澤盛(くるみざわもり)の日記の読解に取り組んでいる。二人の会話を読み、後の問いに答えよ。(資料には、省略したり、改めたりしたところがある。)

アイ:胡桃澤盛は1905年、長野県下伊那郡河野村の農家に生まれたんだね。(a)倒閣を掲げたデモ行進に参加したことを示す記述があるけど、彼は当時18歳。今の私たちと同じ年頃だ。
マリ:学校教育がすでに浸透した時代・世代だけど、村には青年会という組織も存在し、年長者が年少者を教育する場となっていたようだね。
アイ:青年会は村政について議論する場でもあったよ。日記には、(b)普通選挙の初実施を前に、青年訓練所設置について話し合った青年会の様子が分かる記述もある。青年訓練所って何だろう?
マリ:義務教育を終えた16~20歳の男子が、「善良ナル公民タルノ教養」を身につけるための学科と軍事教練によって、心身ともに「健全ナル国民」となるよう求められたみたい。
アイ:1923年からの胡桃澤の日記が公刊されているけれど、実に多くの雑誌や本の名前が出てきて驚くよ。(c)1920年代の分を読み進めただけでも、様々な文化や娯楽が普及していることが分かるね。
マリ:日記には、(d)満洲移民に関わる記事も見られるね。村会議員から村長となった胡桃澤は、開拓民を送り出し悲惨な目に遭わせた責任を痛感したようだ。
アイ:私は、その後の農村が気になるな。特に、(e)日本が復興期から高度経済成長期を迎えて、農業を担う人たちがどのように変わるのかを調べてみるよ。

下線部(c)に関連して述べた文として適当でないものを、次のうちから一つ選べ。
  • ラジオ放送が始まり、日本放送協会が設立された。
  • 『現代日本文学全集』が、企画・刊行された。
  • 弁士が映画を解説する形態のトーキーが、人気を集めた。
  • 『中央公論』などの総合雑誌が、多くの読者を得た。

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この過去問の解説 (2件)

01

1920年代の大衆文化に関する出題です。

選択肢1. ラジオ放送が始まり、日本放送協会が設立された。

適切

 

ラジオ放送が始まったのは1925年です。

日本放送協会が設立され、新聞とは異なるメディアが誕生しました。

選択肢2. 『現代日本文学全集』が、企画・刊行された。

適切

 

円本とよばれる入手しやすい安価な本が多数刊行されました。

『現代日本文学全集』は当時のヒット作の一つです。

選択肢3. 弁士が映画を解説する形態のトーキーが、人気を集めた。

不適

 

トーキーに関する説明に誤りがあります。

トーキーが登場する以前、映画に音声がなかった(無声映画)ため、弁士が映画を解説していました。

選択肢4. 『中央公論』などの総合雑誌が、多くの読者を得た。

適切

 

中央公論は戦前を代表する『総合雑誌』です。

1920年代は自由主義的な総合雑誌として発展しました。

1944年に軍部の圧力で休刊しましたが、1946年に復刊します。

まとめ

大正時代の文化はバラエティに富んでいます。

分野ごとに知識を整理しましょう。

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02

この問題で押さえておくべき点は、

1920年代の文化についてです。

選択肢1. ラジオ放送が始まり、日本放送協会が設立された。

正しいです。

ラジオ放送の開始は1925年、

日本放送協会の設立は1926年です。

選択肢2. 『現代日本文学全集』が、企画・刊行された。

正しいです。

『現代日本文学全集』のような円本は、

1920年代当時の代表的な文化です。

選択肢3. 弁士が映画を解説する形態のトーキーが、人気を集めた。

誤りです。

トーキーは音声がついているため、弁士は不要です。

選択肢4. 『中央公論』などの総合雑誌が、多くの読者を得た。

正しいです。

『中央公論』は当時の知識人に多く読まれました。

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