共通テスト(地理歴史) 過去問
令和8年度(2026年度)本試験
問54 (歴史総合,日本史探究(第4問) 問3)

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問題

共通テスト(地理歴史)試験 令和8年度(2026年度)本試験 問54(歴史総合,日本史探究(第4問) 問3) (訂正依頼・報告はこちら)

日本史探究の授業で、カイリさんのグループは、中世における女性と政治との関わりをテーマに探究を行った。次の文章を読み、後の問いに答えよ。(資料には、省略したり、改めたりしたところがある。)

カイリさんたちは、将軍の妻以外の中世の女性にも着目して、鳥羽上皇の娘八条院(暲子(しょうし)内親王)について調べて議論をし、ノート2にまとめた。

ノート2
【八条院(1137年〜1211年)について】
1161年に「八条院」の院号を宣下された。a 鳥羽上皇が院政を行っていた時期に、八条院は、上皇から譲られた所領を中心に自身の所領群を形成した。それらはb 八条院領と呼ばれ、八条院の死後、彼女の養子に譲られた。
【八条院についての考察】
八条院には、北条政子や日野富子のような政治力があったのだろうか。
■八条院には政治力がなかったと考える意見
八条院の所領は、鳥羽上皇の死後も八条院の生涯を通じて大きく増えた。このことから分かるのは八条院が( ア )ことであり、政治力とは直接結びつかない。
■八条院には政治力があったと考える意見
八条院は、弟の近衛天皇が亡くなった際には天皇の候補に挙げられた。また、治承・寿永の内乱期には以仁王の子を保護したことで、( イ )につながる姿勢を示している。これらのことから、八条院には政治力があったと考えられる。

ノート2中の空欄( ア )・( イ )に入る文の組合せとして正しいものを、次のうちから一つ選べ。
  • ア — 多くの資産を持っていた  イ — 平氏政権との協調
  • ア — 多くの資産を持っていた  イ — 平氏政権との対立
  • ア — 開発領主であった  イ — 平氏政権との協調
  • ア — 開発領主であった  イ — 平氏政権との対立

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この過去問の解説 (2件)

01

ア には 多くの資産を持っていた が当てはまります。

八条院は本家・領家などの荘園領主であって、荘官などの開発領主ではありません。

 

イ には 平氏政権との対立 が当てはまります。

以仁王は、源氏に平氏打倒の挙兵を促した皇子です。

 

よって、正解は ア — 多くの資産を持っていた  イ — 平氏政権との対立 になります。

選択肢1. ア — 多くの資産を持っていた  イ — 平氏政権との協調

誤った選択肢です。

選択肢2. ア — 多くの資産を持っていた  イ — 平氏政権との対立

正しい選択肢です。

選択肢3. ア — 開発領主であった  イ — 平氏政権との協調

誤った選択肢です。

選択肢4. ア — 開発領主であった  イ — 平氏政権との対立

誤った選択肢です。

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02

鳥羽上皇の娘八条院(暲子(しょうし)内親王)に関する問題です。

 

ア:多くの資産を持っていた

 

八条院は「八条院領」と呼ばれる荘園群を保持した荘園領主でした。

開発領主とは開発地で農業経営にあたる在地領主のことです。

 

イ:平氏政権との対立

 

以仁王は平氏を滅ぼすために挙兵の命令を下し、平氏との対立を招きました。

 

以上のことから、組合せとして正しいのは「ア-多くの資産を持っていた イ-平氏政権との対立」となります。

 

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