共通テスト(地理歴史) 過去問
令和8年度(2026年度)本試験
問55 (歴史総合,日本史探究(第4問) 問4)

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問題

共通テスト(地理歴史)試験 令和8年度(2026年度)本試験 問55(歴史総合,日本史探究(第4問) 問4) (訂正依頼・報告はこちら)

日本史探究の授業で、カイリさんのグループは、中世における女性と政治との関わりをテーマに探究を行った。次の文章を読み、後の問いに答えよ。(資料には、省略したり、改めたりしたところがある。)

カイリさんたちは、将軍の妻以外の中世の女性にも着目して、鳥羽上皇の娘八条院(暲子(しょうし)内親王)について調べて議論をし、ノート2にまとめた。

ノート2
【八条院(1137年〜1211年)について】
1161年に「八条院」の院号を宣下された。a 鳥羽上皇が院政を行っていた時期に、八条院は、上皇から譲られた所領を中心に自身の所領群を形成した。それらはb 八条院領と呼ばれ、八条院の死後、彼女の養子に譲られた。
【八条院についての考察】
八条院には、北条政子や日野富子のような政治力があったのだろうか。
■八条院には政治力がなかったと考える意見
八条院の所領は、鳥羽上皇の死後も八条院の生涯を通じて大きく増えた。このことから分かるのは八条院が( ア )ことであり、政治力とは直接結びつかない。
■八条院には政治力があったと考える意見
八条院は、弟の近衛天皇が亡くなった際には天皇の候補に挙げられた。また、治承・寿永の内乱期には以仁王の子を保護したことで、( イ )につながる姿勢を示している。これらのことから、八条院には政治力があったと考えられる。

下線部aに関して述べた文あ・いと、下線部bに関して述べた文X・Yとについて、最も適当なものの組合せを、後の選択肢のうちから一つ選べ。

下線部aに関して述べた文
あ  国司が知行国主として一国の支配権を握る知行国の制度が広まった。
い  院庁下文や院宣が、国政に大きな影響を及ぼした。

下線部bに関して述べた文
X  八条院領が形成された時期には、耕地に加えて山・川などを取り込んだ領域型荘園が各地に見られた。
Y  八条院領と同様の性格をもつものとしては、後鳥羽上皇の所領を基とする長講堂領がある。
  • あ — X
  • あ — Y
  • い — X
  • い — Y

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この過去問の解説 (2件)

01

あ  国司が知行国主として一国の支配権を握る知行国の制度が広まった。

知行国制度は、院政期に広まりを見せました。皇族、上級貴族、寺社などが知行国主になって、特定の国の支配権を獲得しました。知行国主は自分の子弟などをを国司に推薦することができました。

この選択肢は誤りです。

 

い  院庁下文や院宣が、国政に大きな影響を及ぼした。

正しい選択肢です。

 

X  八条院領が形成された時期には、耕地に加えて山・川などを取り込んだ領域型荘園が各地に見られた。

正しい選択肢です。領域型荘園は、院政期以降に成立しました。

 

Y  八条院領と同様の性格をもつものとしては、後鳥羽上皇の所領を基とする長講堂領がある。

長講堂領は、後白河法皇が「長講堂」の維持や仏事のために寄進した荘園群です。

この選択肢は誤りです。

 

よって、正解は い — X になります。

 

 

 

 

選択肢1. あ — X

誤った選択肢です。

選択肢2. あ — Y

誤った選択肢です。

選択肢3. い — X

正しい選択肢です。

選択肢4. い — Y

誤った選択肢です。

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02

八条院に関する問題です。

 

あ:誤り

 

院政期に成立した知行国の制度では、院・朝廷により知行国主と認められた貴族や寺社が一国内の知行権・収益権を得ていました。

国司が知行国主として支配権を握っていたわけではありません。

 

い:正しい

 

鳥羽上皇が院政を行っていたのは1129-56年で、この時期に院庁下文や院宣が国政に大きな影響を及ぼしました。

 

X:正しい

 

八条院領は最終的には220カ所にまで増えました。

 

Y:誤り

 

長講堂領は後白河法皇が持仏堂である長講堂に寄進した荘園群のことです。

 

以上のことから、最も適当な組合せは「い-X」となります。

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