共通テスト(地理歴史) 過去問
令和8年度(2026年度)本試験
問57 (歴史総合,日本史探究(第5問) 問1)

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問題

共通テスト(地理歴史)試験 令和8年度(2026年度)本試験 問57(歴史総合,日本史探究(第5問) 問1) (訂正依頼・報告はこちら)

教科書に掲載された天守の写真に魅了されたマチさんのグループは、近世の城郭に着目して調べてみることにした。マチさんたちが作成したノートを読み、後の問いに答えよ。(資料には、省略したり、改めたりしたところがある。)

ノート
近世の城郭の主な特徴
・巨大な石垣が築かれ、何重もの堀がめぐらされていた。
・天守は、領主の威光・権威を広く示した。
・各地の城下町は都市として発展した。

気付いたこと
・近世の城郭が誕生した背景には、a 中世から近世へ移行する時期の政治や社会の変化があった。
・安土城や大坂城は、b 桃山文化を代表する建築物だった。
・c 江戸幕府は、大名の城郭を統制して、その軍事力を抑えようとした。

下線部aに関して述べた文として最も適当なものを、次のうちから一つ選べ。
  • 武士は、平時は農村に居住するが、戦時には城郭の周囲に与えられた屋敷に集住して防衛にあたるようになった。
  • 新しい武器として鉄砲が普及し、鉄砲隊の編成など集団戦術が用いられるようになった。
  • ヨーロッパ人が日本近海に来航するようになり、それに対応するため、海岸に大砲を備えた台場を築くなど、防備が強化された。
  • 織豊政権が誕生して、荘園が解体されて惣村が全国各地に成立したことにより、大量の人員を動員する体制が整った。

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この過去問の解説 (2件)

01

安土桃山時代の政治や社会の変化に関する出題です。

選択肢1. 武士は、平時は農村に居住するが、戦時には城郭の周囲に与えられた屋敷に集住して防衛にあたるようになった。

安土桃山時代には兵農分離が強化されて、武士は平時から城郭の周囲に与えられた屋敷に集住するようになりました。この文章は誤りです。

選択肢2. 新しい武器として鉄砲が普及し、鉄砲隊の編成など集団戦術が用いられるようになった。

正しい文章です。

選択肢3. ヨーロッパ人が日本近海に来航するようになり、それに対応するため、海岸に大砲を備えた台場を築くなど、防備が強化された。

台場は、江戸幕府が防衛のために江戸湾に築造した砲台です。この文章は誤りです。

選択肢4. 織豊政権が誕生して、荘園が解体されて惣村が全国各地に成立したことにより、大量の人員を動員する体制が整った。

惣村は、鎌倉時代末期から室町時代にかけて成立しました。この文章は誤りです。

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02

中世から近世へ移行する時期の政治や社会の変化に関する問題です。

選択肢1. 武士は、平時は農村に居住するが、戦時には城郭の周囲に与えられた屋敷に集住して防衛にあたるようになった。

誤り

 

中世社会においては、武士と農民の身分上の区別はあいまいな部分がありましたが、豊臣政権下では兵農分離が徹底され、武士は城下町への居住が強制されました。

選択肢2. 新しい武器として鉄砲が普及し、鉄砲隊の編成など集団戦術が用いられるようになった。

正しい

 

戦国大名は親子に擬した寄親・寄子制を採用したことで、鉄砲などを使用した集団戦が可能になったといわれています。

選択肢3. ヨーロッパ人が日本近海に来航するようになり、それに対応するため、海岸に大砲を備えた台場を築くなど、防備が強化された。

誤り

 

ロシアや欧米諸国などの外国船が接近し始めた19世紀に、江戸湾などへ台場が築かれました。

来航に対応するためではありません。

選択肢4. 織豊政権が誕生して、荘園が解体されて惣村が全国各地に成立したことにより、大量の人員を動員する体制が整った。

誤り

 

惣村が形成されるようになったのは鎌倉時代後期のことです。

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