共通テスト(地理歴史) 過去問
令和8年度(2026年度)本試験
問65 (歴史総合,日本史探究(第6問) 問4)
問題文
ミヅキさんとリョウさんは、近現代の日本における政治的リーダーシップについて考察することにした。次の会話を読み、後の問いに答えよ。(資料には、省略したり、改めたりしたところがある。)
ミヅキ:首相がリーダーシップを発揮する場面といえば、私は外交を思い浮かべるな。a 1990年代以降に首相が関わった外交について調べてみると、首脳同士のやりとりによる重要な決定があったり、海外の首脳と並ぶ写真が見つかるね。首相がリーダーシップを発揮するにはどうすればいいんだろう?
リョウ:首相が強い権限を持つことが一つの方法なんじゃないかな。1990年代の政治・行政の改革もあって、55年体制の時期と2000年代以降とを比べると、首相と与党との力関係が変化しているよね。
ミヅキ:b 石橋湛山内閣の発足に関する風刺漫画(資料1)を見ると、中央にいる石橋に対して左右の二人(岸信介、池田勇人)が背伸びをして頭を並べようとしているのが分かるよ。
リョウ:どうして二人は背伸びをしているように描かれたんだろう。二人とも確か石橋内閣の閣僚になるよね。
ミヅキ:石橋首相をよそに岸と池田が競い合っている姿を描くことで、この党の内部対立の激しさを表現したんじゃないかな。二人より石橋の方が小柄に描かれているのは、首相の存在感の小ささを描こうとしたのかもしれないよ。
リョウ:そういえば政党内閣期を経て、戦前にc 軍部の政治的台頭を抑えられなかった反省から、戦後には首相の力が強くなったんじゃなかったっけ。
ミヅキ:d 戦前の首相だって力を振るった人もいたと思うよ。実際に力を振るえるかどうかは、首相を取り巻くその時々の環境も重要なんじゃないかな。
下線部dに関連して、リョウさんは、原敬内閣において首相が海軍大臣の事務を管理したという事実を知り、『原敬日記』を調べ、その概要をノートにまとめた。ノート中の( ア )に入る文あ・いと、ノートに関して述べた文X・Yとについて、最も適当なものの組合せを、後の選択肢のうちから一つ選べ。
ノート
・ワシントン会議に、日本からは海軍大臣の派遣を決定。
原は不在中の大臣事務を自ら管理するという「新例を開く」意欲表明。
→ なぜ新例か……( ア )
・原の事務管理に反対する陸軍には原が自ら働きかけ、同意を獲得。
原は「法規上にも海軍側にも異議なきもの」を陸軍の異論で決行しないようなら、「折角(せっかく)鎮静したる軍閥攻撃論も再燃」するだろうと主張。
空欄に入る文
あ 軍部大臣の役割を、軍人以外が担うことになるから。
い 軍部大臣の任用範囲が、現役ではない武官にも広がるから。
ノートに関して述べた文
X ワシントン会議では、海軍の軍備を制限する条約、中国の主権尊重・領土保全などに関する条約、太平洋地域の現状維持を内容とする条約が結ばれた。
Y 原敬が指摘している「軍閥攻撃論」とは、山東出兵に対する陸軍閥への批判のことであると考えられる。
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問題
共通テスト(地理歴史)試験 令和8年度(2026年度)本試験 問65(歴史総合,日本史探究(第6問) 問4) (訂正依頼・報告はこちら)
ミヅキさんとリョウさんは、近現代の日本における政治的リーダーシップについて考察することにした。次の会話を読み、後の問いに答えよ。(資料には、省略したり、改めたりしたところがある。)
ミヅキ:首相がリーダーシップを発揮する場面といえば、私は外交を思い浮かべるな。a 1990年代以降に首相が関わった外交について調べてみると、首脳同士のやりとりによる重要な決定があったり、海外の首脳と並ぶ写真が見つかるね。首相がリーダーシップを発揮するにはどうすればいいんだろう?
リョウ:首相が強い権限を持つことが一つの方法なんじゃないかな。1990年代の政治・行政の改革もあって、55年体制の時期と2000年代以降とを比べると、首相と与党との力関係が変化しているよね。
ミヅキ:b 石橋湛山内閣の発足に関する風刺漫画(資料1)を見ると、中央にいる石橋に対して左右の二人(岸信介、池田勇人)が背伸びをして頭を並べようとしているのが分かるよ。
リョウ:どうして二人は背伸びをしているように描かれたんだろう。二人とも確か石橋内閣の閣僚になるよね。
ミヅキ:石橋首相をよそに岸と池田が競い合っている姿を描くことで、この党の内部対立の激しさを表現したんじゃないかな。二人より石橋の方が小柄に描かれているのは、首相の存在感の小ささを描こうとしたのかもしれないよ。
リョウ:そういえば政党内閣期を経て、戦前にc 軍部の政治的台頭を抑えられなかった反省から、戦後には首相の力が強くなったんじゃなかったっけ。
ミヅキ:d 戦前の首相だって力を振るった人もいたと思うよ。実際に力を振るえるかどうかは、首相を取り巻くその時々の環境も重要なんじゃないかな。
下線部dに関連して、リョウさんは、原敬内閣において首相が海軍大臣の事務を管理したという事実を知り、『原敬日記』を調べ、その概要をノートにまとめた。ノート中の( ア )に入る文あ・いと、ノートに関して述べた文X・Yとについて、最も適当なものの組合せを、後の選択肢のうちから一つ選べ。
ノート
・ワシントン会議に、日本からは海軍大臣の派遣を決定。
原は不在中の大臣事務を自ら管理するという「新例を開く」意欲表明。
→ なぜ新例か……( ア )
・原の事務管理に反対する陸軍には原が自ら働きかけ、同意を獲得。
原は「法規上にも海軍側にも異議なきもの」を陸軍の異論で決行しないようなら、「折角(せっかく)鎮静したる軍閥攻撃論も再燃」するだろうと主張。
空欄に入る文
あ 軍部大臣の役割を、軍人以外が担うことになるから。
い 軍部大臣の任用範囲が、現役ではない武官にも広がるから。
ノートに関して述べた文
X ワシントン会議では、海軍の軍備を制限する条約、中国の主権尊重・領土保全などに関する条約、太平洋地域の現状維持を内容とする条約が結ばれた。
Y 原敬が指摘している「軍閥攻撃論」とは、山東出兵に対する陸軍閥への批判のことであると考えられる。
- あ — X
- あ — Y
- い — X
- い — Y
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この過去問の解説 (2件)
01
ア には あ 軍部大臣の役割を、軍人以外が担うことになるから。 が当てはまります。
原敬は軍人ではありません。
ノートに関して述べた文
X ワシントン会議では、海軍の軍備を制限する条約、中国の主権尊重・領土保全などに関する条約、太平洋地域の現状維持を内容とする条約が結ばれた。 が正解です。
1921-22年のワシントン会議では、海軍軍備制限条約・九カ国条約・四カ国条約などが締結されました。
Y 原敬が指摘している「軍閥攻撃論」とは、山東出兵に対する陸軍閥への批判のことであると考えられる。
原敬の時代にもシベリア出兵などで「軍閥攻撃論」はありましたが、山東出兵は1927年の出来事です。原敬は1921年に暗殺されているので、この文章は誤りです。
よって、正解は あ — X になります。
正しい選択肢です。
誤った選択肢です。
誤った選択肢です。
誤った選択肢です。
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02
『原敬日記』に関する問題です。
あ:正しい
原敬は政党政治家で軍人ではありません。
い:誤り
原内閣は1918年に組閣されましたが、これより以前の1913年に軍部大臣現役武官制が改正され、予備役・後備役にも任用範囲が広がっていました。
X:正しい
1921年から開催されたワシントン会議では欧米や日本の海軍力拡大競争を停止させる海軍軍備制限と極東・太平洋問題を協議しました。
Y:誤り
原敬は1921年に殺害されています。
山東出兵(1927-28年)は田中義一内閣によって断行されました。
以上のことから、(ア)に入る最も適当な組合せは「あ-X」となります。
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