共通テスト(地理歴史) 過去問
令和8年度(2026年度)追・再試験
問17 (歴史総合,世界史探究(第3問) 問3)

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問題

共通テスト(地理歴史)試験 令和8年度(2026年度)追・再試験 問17(歴史総合,世界史探究(第3問) 問3) (訂正依頼・報告はこちら)

世界史を探究するなかで、人物や時代、出来事の評価や解釈が変わる場合がある。次の文章を読み、後の問いに答えよ。(資料には、省略したり、改めたりしたところがある。)

2班の生徒たちが、中世という言葉について話をしている。

高橋:今日の授業は、中世ヨーロッパに関する授業だったけれど、なぜ古代の後の時代は、中世と呼ばれるんだろう。
鶴田:私も気になって図書館で調べたんだけど、そこで、最近出版された『中世ヨーロッパ――ファクトとフィクション』という本を見つけたよ。この本によると、中世という言葉は、ルネサンス期に見られる「中間の時代」というラテン語の表現に由来するらしい。その後、中世とは、古代ローマ文化が失われ、ルネサンスが未到来の、中間の暗黒時代である、という見方が、繰り返し主張されたんだって。
寺尾:確かに、中世って暗いイメージがあるよね。映画とかマンガで、無秩序で暴力がはびこる時代として描かれることが多いし。
鶴田:そのイメージについても、この本には書かれていたよ。それについてまとめた次のノートを見てくれるかな。

ノート
・ペトラルカにとって、暗黒とは知的な暗さを意味した。彼は、良質なラテン語文学をローマ文化の象徴として光とみなし、それが欠如した中世を闇の時代と捉えた。
・さらに、17世紀や18世紀の著述家たちは自身の「理性の時代」を称賛し、先立つ「信仰の時代」を中傷した。ヴォルテールにとって中世とは、野蛮で、残忍で、専制的で、混乱し、貧しい時代であり、彼はそれら全てを教会の責任とみなした。

高橋:つまり、中世を暗いイメージで捉えるのは、後の時代の人たちの認識なんだね。実際はどうだったんだろう。
寺尾:中世の社会や文化の特徴を、改めて探究する必要がありそうだ。

上記の文章を参考にしつつ、ペトラルカとヴォルテールについて述べた文として最も適当なものを、次のうちから一つ選べ。
  • ペトラルカは、人間の個性や感情を重視するロマン主義者の一人であった。
  • ヴォルテールは、理性を万能視するエピクロス派の一人であった。
  • ペトラルカは、古代ローマ文化を高く評価し、自らも詩を作った。
  • ヴォルテールは、中世を「中間の時代」と初めて表現した。

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