共通テスト(地理歴史) 過去問
令和8年度(2026年度)追・再試験
問21 (歴史総合,世界史探究(第4問) 問1)

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問題

共通テスト(地理歴史)試験 令和8年度(2026年度)追・再試験 問21(歴史総合,世界史探究(第4問) 問1) (訂正依頼・報告はこちら)

世界史探究の授業で、世界史上における知識や情報の伝播(でんぱ)をテーマに、生徒たちがグループ学習を行った。次の文章を読み、後の問いに答えよ。(資料には、省略したり、改めたりしたところがある。)

佐野さんたちのグループは、イスラーム圏における知識や情報の伝播に関心を抱き、14世紀に書かれた資料1・2の内容について話し合った。

資料1
トンブクトゥには、グラナダ出身の傑出した詩人、アブー=イスハーク=アッサーヒリーの墓がある。彼は、彼の故郷では、トゥワイジンの名で知られている。また、アレクサンドリアの大商人、スィラージュ=アッディーンの墓もある。

資料2
マンサ=ムーサは、彼の統治の拠点とするため、その地では知られていないという理由から、漆喰(しっくい)を塗り頑丈に築いた館を得たいと考えた。そこで、トゥワイジンは、彼のために、目新しい方形ドームの建物を建てた。トゥワイジンは、熟達した技巧の持ち主で、建物を漆喰で塗り固めると、その上に様々な色を重ねた。それは、この上なく完璧な建物となり、マンサ=ムーサを驚嘆させた。なぜなら、その地には、それまでそうした建築の技法がなかったためである。

佐野:資料1は、( ア )の『大旅行記(三大陸周遊記)』の一部で、資料2は、イブン=ハルドゥーンの『実例の書』という歴史書の一部です。
敷島:資料1・2に登場するトゥワイジンは同一人物で、マンサ=ムーサがメッカ巡礼を終えて自分の国に戻る際、随行したようです。
須藤:資料1・2を読むと、グラナダで生まれたトゥワイジンが、( イ )と分かります。
先生:そうですね。複数の資料を突き合わせて検討することで、異なる地域の間の人の移動や、知識や情報の伝播の様相が読み取れます。

会話文中の空欄に入る人物について述べた文として最も適当なものを、次のうちから一つ選べ。
  • フランス王の使節として、モンゴル高原を訪れた。
  • 喜望峰を回り、インドに到達した。
  • 故郷を出た後、メッカやインドなどを訪れた。
  • ムスリムの宦官で、インド洋に遠征した。

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この過去問の解説 (2件)

01

ア には イブン=バットゥータ が当てはまります。

『大旅行記(三大陸周遊記)』は、モロッコのマリーン朝の命を受けて1355年に成立しました。

 

選択肢1. フランス王の使節として、モンゴル高原を訪れた。

1254年にフランス王の使節としてモンゴル高原を訪れたのは、ルブルックです。

この選択肢は誤りです。

選択肢2. 喜望峰を回り、インドに到達した。

1498年に喜望峰を回りインドに到達したのは、ポルトガルのヴァスコ・ダ・ガマです。

この選択肢は誤りです。

選択肢3. 故郷を出た後、メッカやインドなどを訪れた。

正しい選択肢です。

イブン=バットゥータは21歳で故郷モロッコを出た後、最初にメッカを訪れました。

選択肢4. ムスリムの宦官で、インド洋に遠征した。

ムスリムの宦官で、1405-33年にインド洋に遠征したのは、明の鄭和です。

この選択肢は誤りです。

 

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02

空欄(ア)に入る人物はイブン=バットゥータです。

イブン=バットゥータは14世紀の旅行家で、モロッコのタンジールを出発し、メッカ、インド、中国など各地を旅しました。

その旅行の記録が『大旅行記(三大陸周遊記)』です。

選択肢1. フランス王の使節として、モンゴル高原を訪れた。

これはルブルックについての説明です。

ルブルックは13世紀にフランス王ルイ9世の命を受け、モンゴル帝国を訪れました。

選択肢2. 喜望峰を回り、インドに到達した。

これはヴァスコ=ダ=ガマについての説明です。

ヴァスコ=ダ=ガマはポルトガルの航海者で、15世紀末にアフリカ南端の喜望峰を回り、インドのカリカットに到達しました。

選択肢3. 故郷を出た後、メッカやインドなどを訪れた。

正解です。

 

イブン=バットゥータは、14世紀に現在のモロッコにあたる地域のタンジールを出発しました。

もともとはメッカへの巡礼を目的としていましたが、その後も旅を続け、エジプト、東アフリカ、インド、中国など広い地域を訪れました。

その体験は『大旅行記(三大陸周遊記)』としてまとめられており、問題文の資料1もその一部です。

選択肢4. ムスリムの宦官で、インド洋に遠征した。

これは明の時代の鄭和についての説明です。

鄭和はイスラーム教徒の家庭に生まれた宦官で、15世紀初めに大船団を率いて東南アジアやインド、アラビア半島、東アフリカ方面へ遠征しました。

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