共通テスト(地理歴史) 過去問
令和8年度(2026年度)追・再試験
問22 (歴史総合,世界史探究(第4問) 問2)
問題文
世界史探究の授業で、世界史上における知識や情報の伝播(でんぱ)をテーマに、生徒たちがグループ学習を行った。次の文章を読み、後の問いに答えよ。(資料には、省略したり、改めたりしたところがある。)
佐野さんたちのグループは、イスラーム圏における知識や情報の伝播に関心を抱き、14世紀に書かれた資料1・2の内容について話し合った。
資料1
トンブクトゥには、グラナダ出身の傑出した詩人、アブー=イスハーク=アッサーヒリーの墓がある。彼は、彼の故郷では、トゥワイジンの名で知られている。また、アレクサンドリアの大商人、スィラージュ=アッディーンの墓もある。
資料2
マンサ=ムーサは、彼の統治の拠点とするため、その地では知られていないという理由から、漆喰(しっくい)を塗り頑丈に築いた館を得たいと考えた。そこで、トゥワイジンは、彼のために、目新しい方形ドームの建物を建てた。トゥワイジンは、熟達した技巧の持ち主で、建物を漆喰で塗り固めると、その上に様々な色を重ねた。それは、この上なく完璧な建物となり、マンサ=ムーサを驚嘆させた。なぜなら、その地には、それまでそうした建築の技法がなかったためである。
佐野:資料1は、( ア )の『大旅行記(三大陸周遊記)』の一部で、資料2は、イブン=ハルドゥーンの『実例の書』という歴史書の一部です。
敷島:資料1・2に登場するトゥワイジンは同一人物で、マンサ=ムーサがメッカ巡礼を終えて自分の国に戻る際、随行したようです。
須藤:資料1・2を読むと、グラナダで生まれたトゥワイジンが、( イ )と分かります。
先生:そうですね。複数の資料を突き合わせて検討することで、異なる地域の間の人の移動や、知識や情報の伝播の様相が読み取れます。
上記の文章を参考にしつつ、会話文中の空欄( イ )に入る文あ・いと、地図上のトゥワイジンの埋葬地a~cとについて、最も適当なものの組合せを、後の選択肢のうちから一つ選べ。
( イ )に入る文
あ マリ王国に建築の技法を伝えた
い ソンガイ王国に詩の技法を伝えた
佐野さんたちのグループは、イスラーム圏における知識や情報の伝播に関心を抱き、14世紀に書かれた資料1・2の内容について話し合った。
資料1
トンブクトゥには、グラナダ出身の傑出した詩人、アブー=イスハーク=アッサーヒリーの墓がある。彼は、彼の故郷では、トゥワイジンの名で知られている。また、アレクサンドリアの大商人、スィラージュ=アッディーンの墓もある。
資料2
マンサ=ムーサは、彼の統治の拠点とするため、その地では知られていないという理由から、漆喰(しっくい)を塗り頑丈に築いた館を得たいと考えた。そこで、トゥワイジンは、彼のために、目新しい方形ドームの建物を建てた。トゥワイジンは、熟達した技巧の持ち主で、建物を漆喰で塗り固めると、その上に様々な色を重ねた。それは、この上なく完璧な建物となり、マンサ=ムーサを驚嘆させた。なぜなら、その地には、それまでそうした建築の技法がなかったためである。
佐野:資料1は、( ア )の『大旅行記(三大陸周遊記)』の一部で、資料2は、イブン=ハルドゥーンの『実例の書』という歴史書の一部です。
敷島:資料1・2に登場するトゥワイジンは同一人物で、マンサ=ムーサがメッカ巡礼を終えて自分の国に戻る際、随行したようです。
須藤:資料1・2を読むと、グラナダで生まれたトゥワイジンが、( イ )と分かります。
先生:そうですね。複数の資料を突き合わせて検討することで、異なる地域の間の人の移動や、知識や情報の伝播の様相が読み取れます。
上記の文章を参考にしつつ、会話文中の空欄( イ )に入る文あ・いと、地図上のトゥワイジンの埋葬地a~cとについて、最も適当なものの組合せを、後の選択肢のうちから一つ選べ。
( イ )に入る文
あ マリ王国に建築の技法を伝えた
い ソンガイ王国に詩の技法を伝えた
このページは閲覧用ページです。
履歴を残すには、 「新しく出題する(ここをクリック)」 をご利用ください。
問題
反映中…
共通テスト(地理歴史)試験 令和8年度(2026年度)追・再試験 問22(歴史総合,世界史探究(第4問) 問2) (訂正依頼・報告はこちら)
世界史探究の授業で、世界史上における知識や情報の伝播(でんぱ)をテーマに、生徒たちがグループ学習を行った。次の文章を読み、後の問いに答えよ。(資料には、省略したり、改めたりしたところがある。)
佐野さんたちのグループは、イスラーム圏における知識や情報の伝播に関心を抱き、14世紀に書かれた資料1・2の内容について話し合った。
資料1
トンブクトゥには、グラナダ出身の傑出した詩人、アブー=イスハーク=アッサーヒリーの墓がある。彼は、彼の故郷では、トゥワイジンの名で知られている。また、アレクサンドリアの大商人、スィラージュ=アッディーンの墓もある。
資料2
マンサ=ムーサは、彼の統治の拠点とするため、その地では知られていないという理由から、漆喰(しっくい)を塗り頑丈に築いた館を得たいと考えた。そこで、トゥワイジンは、彼のために、目新しい方形ドームの建物を建てた。トゥワイジンは、熟達した技巧の持ち主で、建物を漆喰で塗り固めると、その上に様々な色を重ねた。それは、この上なく完璧な建物となり、マンサ=ムーサを驚嘆させた。なぜなら、その地には、それまでそうした建築の技法がなかったためである。
佐野:資料1は、( ア )の『大旅行記(三大陸周遊記)』の一部で、資料2は、イブン=ハルドゥーンの『実例の書』という歴史書の一部です。
敷島:資料1・2に登場するトゥワイジンは同一人物で、マンサ=ムーサがメッカ巡礼を終えて自分の国に戻る際、随行したようです。
須藤:資料1・2を読むと、グラナダで生まれたトゥワイジンが、( イ )と分かります。
先生:そうですね。複数の資料を突き合わせて検討することで、異なる地域の間の人の移動や、知識や情報の伝播の様相が読み取れます。
上記の文章を参考にしつつ、会話文中の空欄( イ )に入る文あ・いと、地図上のトゥワイジンの埋葬地a~cとについて、最も適当なものの組合せを、後の選択肢のうちから一つ選べ。
( イ )に入る文
あ マリ王国に建築の技法を伝えた
い ソンガイ王国に詩の技法を伝えた
佐野さんたちのグループは、イスラーム圏における知識や情報の伝播に関心を抱き、14世紀に書かれた資料1・2の内容について話し合った。
資料1
トンブクトゥには、グラナダ出身の傑出した詩人、アブー=イスハーク=アッサーヒリーの墓がある。彼は、彼の故郷では、トゥワイジンの名で知られている。また、アレクサンドリアの大商人、スィラージュ=アッディーンの墓もある。
資料2
マンサ=ムーサは、彼の統治の拠点とするため、その地では知られていないという理由から、漆喰(しっくい)を塗り頑丈に築いた館を得たいと考えた。そこで、トゥワイジンは、彼のために、目新しい方形ドームの建物を建てた。トゥワイジンは、熟達した技巧の持ち主で、建物を漆喰で塗り固めると、その上に様々な色を重ねた。それは、この上なく完璧な建物となり、マンサ=ムーサを驚嘆させた。なぜなら、その地には、それまでそうした建築の技法がなかったためである。
佐野:資料1は、( ア )の『大旅行記(三大陸周遊記)』の一部で、資料2は、イブン=ハルドゥーンの『実例の書』という歴史書の一部です。
敷島:資料1・2に登場するトゥワイジンは同一人物で、マンサ=ムーサがメッカ巡礼を終えて自分の国に戻る際、随行したようです。
須藤:資料1・2を読むと、グラナダで生まれたトゥワイジンが、( イ )と分かります。
先生:そうですね。複数の資料を突き合わせて検討することで、異なる地域の間の人の移動や、知識や情報の伝播の様相が読み取れます。
上記の文章を参考にしつつ、会話文中の空欄( イ )に入る文あ・いと、地図上のトゥワイジンの埋葬地a~cとについて、最も適当なものの組合せを、後の選択肢のうちから一つ選べ。
( イ )に入る文
あ マリ王国に建築の技法を伝えた
い ソンガイ王国に詩の技法を伝えた
- あ — a
- あ — b
- あ — c
- い — a
- い — b
- い — c
正解!素晴らしいです
残念...
画像拡大
この過去問の解説 (2件)
01
イ には あ マリ王国に建築の技法を伝えた が当てはまります。
資料2には、「そこで、トゥワイジンは、彼のために、目新しい方形ドームの建物を建てた。」と書かれています。
マリ王国は、13世紀から16世紀にかけて西アフリカで栄えたイスラム国家です。
第9代王のマンサ・ムーサの時に、最盛期を迎えました。
い ソンガイ王国に詩の技法を伝えた
ソンガイ王国は、15世紀後半から16世紀にかけて西アフリカで栄えたイスラム国家です。
トゥワイジンの埋葬地トンブクトゥの場所は a です。
b は アレクサンドリア、 c は ジェッダ です。
よって、正解は あ — a になります。
正しい選択肢です。
誤った選択肢です。
誤った選択肢です。
誤った選択肢です。
誤った選択肢です。
誤った選択肢です。
参考になった数0
この解説の修正を提案する
02
資料2から、トゥワイジンはマンサ=ムーサのもとで、それまで現地になかった建築方法を使って建物を造ったことが分かります。
また、資料1にはトゥワイジンの墓がトンブクトゥにあると書かれています。
正解です。
資料2では、トゥワイジンがマンサ=ムーサのために、漆喰を使った方形ドームの建物を造っています。
さらに、その地にはそれまでこのような建築技法がなかったと書かれています。
マンサ=ムーサは14世紀のマリ王国の王です。
そのため、トゥワイジンがマリ王国に建築の技法を伝えたと判断できます。
また、資料1には、トゥワイジンとして知られるアブー=イスハーク=アッサーヒリーの墓がトンブクトゥにあると明記されています。
地図ではトンブクトゥの位置がaなので、この組合せが当てはまります。
地図のbはアレクサンドリア付近です。
資料1でアレクサンドリアと関係しているのは、大商人スィラージュ=アッディーンです。
地図のcはアラビア半島側を示しています。
マンサ=ムーサはメッカ巡礼を行いましたが、トゥワイジンの墓があると資料1に記されているのはトンブクトゥです。
参考になった数0
この解説の修正を提案する
前の問題(問21)へ
令和8年度(2026年度)追・再試験 問題一覧
次の問題(問23)へ