共通テスト(地理歴史) 過去問
令和8年度(2026年度)追・再試験
問34 (歴史総合,日本史探究(第1問) 問2)

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問題

共通テスト(地理歴史)試験 令和8年度(2026年度)追・再試験 問34(歴史総合,日本史探究(第1問) 問2) (訂正依頼・報告はこちら)

歴史総合の授業で、「歴史における旅とその役割」という主題を設定し、探究した。次の文章を読み、後の問いに答えよ。(資料には、省略したり、改めたりしたところがある。)

1班は、授業に先立って、博物館で「宗教と旅」の展示室を見学している。

松田さんは、「近代のメッカ巡礼」というセクションで、解説文を見つけた。解説文中の空欄( ア )・( イ )に入る語句の組合せとして正しいものを、後の選択肢のうちから一つ選べ。

解説文
メッカ巡礼は、近代に入っても、ムスリムにとって重要な宗教儀礼の一つでした。例えば、18世紀末の( ア )によってエジプトが混乱したため、メッカに巡礼団を派遣できなかったと、ある歴史家は嘆いています。
19世紀になると、ヨーロッパの旅行会社が、インドからメッカ巡礼に赴く人々を相手とするパック旅行を始めます。しかし、高額だったこと、地理に不案内だったことなどにより、昔からメッカに拠点を置く巡礼旅行の仲介業者との競争に敗れてしまいました。西洋主導の近代化やグローバル化が、( イ )に阻まれる場合もあったことが分かります。
  • ア — イギリスによる保護国化  イ — 伝統的な旅行手配の仕組み
  • ア — イギリスによる保護国化  イ — 近代的な多国籍企業
  • ア — フランス軍の侵攻  イ — 伝統的な旅行手配の仕組み
  • ア — フランス軍の侵攻  イ — 近代的な多国籍企業

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この過去問の解説 (3件)

01

正しい組み合わせは ア―フランス軍の侵攻 イ―伝統的な旅行手配の仕組み です。

 

ア フランス軍の侵攻

 

ナポレオンによるエジプト遠征は、1798年に行われました。イギリスは1882年にエジプトを事実上の保護国化し、1914年に正式に宣言しました。

 

イ 伝統的な旅行手配の仕組み

 

19世紀、ヨーロッパの旅行会社が、インドからメッカ巡礼に赴く人々を相手とするパック旅行を始めましたが、高額だったこと、地理に不案内だったことなどにより、昔からメッカに拠点を置く巡礼旅行の仲介業者との競争に敗れました。このことから、西洋主導の近代化が伝統的な方法に阻まれることがあったとわかります。

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02

ア には フランス軍の侵攻 が当てはまります。

ナポレオンによるエジプト・シリア戦役は、1798年から1801年まで続きました。

 

イ には 伝統的な旅行手配の仕組み が当てはまります。

昔からメッカに拠点を置く巡礼旅行の仲介業者についての記述です。

 

よって、正解は ア — フランス軍の侵攻  イ — 伝統的な旅行手配の仕組み になります。

 

 

選択肢1. ア — イギリスによる保護国化  イ — 伝統的な旅行手配の仕組み

誤った選択肢です。

選択肢2. ア — イギリスによる保護国化  イ — 近代的な多国籍企業

誤った選択肢です。

選択肢3. ア — フランス軍の侵攻  イ — 伝統的な旅行手配の仕組み

正しい選択肢です。

選択肢4. ア — フランス軍の侵攻  イ — 近代的な多国籍企業

誤った選択肢です。

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03

18世紀末のエジプトでは、ナポレオン率いるフランス軍の侵攻によって社会が混乱しました。

また、19世紀にヨーロッパの旅行会社がメッカ巡礼者向けの旅行を扱うようになっても、昔からメッカに根付いていた伝統的な旅行手配の仕組みとの競争に敗れました。

選択肢3. ア — フランス軍の侵攻  イ — 伝統的な旅行手配の仕組み

18世紀末の1798年、ナポレオン率いるフランス軍がエジプトへ侵攻しました。

このためエジプト社会が混乱し、メッカへの巡礼団を送れない状況も生じました。

 

また、19世紀にヨーロッパの旅行会社が巡礼者向けのパック旅行を始めましたが、価格の高さや現地事情への不慣れなどから、昔から存在していたメッカの巡礼旅行の仲介業者との競争に敗れました。

つまり、西洋から持ち込まれた近代的な仕組みが、現地に根付いた伝統的な仕組みに必ずしも勝つとは限らなかったことが読み取れます。

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