共通テスト(地理歴史) 過去問
令和8年度(2026年度)追・再試験
問50 (歴史総合,日本史探究(第3問) 問5)
問題文
カズミさんは、古代に漆が税として納められていたことに興味を持ち、漆を材料として古代における国家の支配や税制について考えることにした。後の問いに答えよ。(資料には、省略したり、改めたりしたところがある。)
律令国家の漆の使用について学ぶなかで、他の時代における漆の使用や漆塗工人にも興味を持ったカズミさんは、調べたことをノート2にまとめ、8世紀の漆の使用や漆塗工人と共通する事柄を考えた。資料3やノート1も参考にしながら、8世紀に見られない事柄を、ノート2中の下線部①〜④のうちから一つ選べ。
ノート2
・奈良県に所在する当麻(たいま)寺の四天王像のように、7世紀後半には① 乾漆像が制作された。
・平安時代末~鎌倉時代初頭の貴族の日記には、「造物所(つくもどころ)」の役人の「塗師(ぬし)」が確認されるので、12世紀後半には② 朝廷の組織に属する漆塗工人が存在したことが分かる。
・1285年には、東寺の塔造営に際して漆塗工人が大工に任じられているので、③ 寺院において漆塗りの作業が行われていたことが分かる。
・興福寺に関する記録には、「龍花院座塗師」などの記述があり、15世紀後半には本所のもとで④ 漆塗工人の同業者組合が組織されていたことが分かる。
律令国家の漆の使用について学ぶなかで、他の時代における漆の使用や漆塗工人にも興味を持ったカズミさんは、調べたことをノート2にまとめ、8世紀の漆の使用や漆塗工人と共通する事柄を考えた。資料3やノート1も参考にしながら、8世紀に見られない事柄を、ノート2中の下線部①〜④のうちから一つ選べ。
ノート2
・奈良県に所在する当麻(たいま)寺の四天王像のように、7世紀後半には① 乾漆像が制作された。
・平安時代末~鎌倉時代初頭の貴族の日記には、「造物所(つくもどころ)」の役人の「塗師(ぬし)」が確認されるので、12世紀後半には② 朝廷の組織に属する漆塗工人が存在したことが分かる。
・1285年には、東寺の塔造営に際して漆塗工人が大工に任じられているので、③ 寺院において漆塗りの作業が行われていたことが分かる。
・興福寺に関する記録には、「龍花院座塗師」などの記述があり、15世紀後半には本所のもとで④ 漆塗工人の同業者組合が組織されていたことが分かる。
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問題
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共通テスト(地理歴史)試験 令和8年度(2026年度)追・再試験 問50(歴史総合,日本史探究(第3問) 問5) (訂正依頼・報告はこちら)
カズミさんは、古代に漆が税として納められていたことに興味を持ち、漆を材料として古代における国家の支配や税制について考えることにした。後の問いに答えよ。(資料には、省略したり、改めたりしたところがある。)
律令国家の漆の使用について学ぶなかで、他の時代における漆の使用や漆塗工人にも興味を持ったカズミさんは、調べたことをノート2にまとめ、8世紀の漆の使用や漆塗工人と共通する事柄を考えた。資料3やノート1も参考にしながら、8世紀に見られない事柄を、ノート2中の下線部①〜④のうちから一つ選べ。
ノート2
・奈良県に所在する当麻(たいま)寺の四天王像のように、7世紀後半には① 乾漆像が制作された。
・平安時代末~鎌倉時代初頭の貴族の日記には、「造物所(つくもどころ)」の役人の「塗師(ぬし)」が確認されるので、12世紀後半には② 朝廷の組織に属する漆塗工人が存在したことが分かる。
・1285年には、東寺の塔造営に際して漆塗工人が大工に任じられているので、③ 寺院において漆塗りの作業が行われていたことが分かる。
・興福寺に関する記録には、「龍花院座塗師」などの記述があり、15世紀後半には本所のもとで④ 漆塗工人の同業者組合が組織されていたことが分かる。
律令国家の漆の使用について学ぶなかで、他の時代における漆の使用や漆塗工人にも興味を持ったカズミさんは、調べたことをノート2にまとめ、8世紀の漆の使用や漆塗工人と共通する事柄を考えた。資料3やノート1も参考にしながら、8世紀に見られない事柄を、ノート2中の下線部①〜④のうちから一つ選べ。
ノート2
・奈良県に所在する当麻(たいま)寺の四天王像のように、7世紀後半には① 乾漆像が制作された。
・平安時代末~鎌倉時代初頭の貴族の日記には、「造物所(つくもどころ)」の役人の「塗師(ぬし)」が確認されるので、12世紀後半には② 朝廷の組織に属する漆塗工人が存在したことが分かる。
・1285年には、東寺の塔造営に際して漆塗工人が大工に任じられているので、③ 寺院において漆塗りの作業が行われていたことが分かる。
・興福寺に関する記録には、「龍花院座塗師」などの記述があり、15世紀後半には本所のもとで④ 漆塗工人の同業者組合が組織されていたことが分かる。
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- ②
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この過去問の解説 (3件)
01
漆の使用や漆塗工人についてまとめたノートから8世紀には見られない事柄を選ぶ問題です。
乾漆造の仏像は奈良時代に盛んに制作されました。興福寺の八部衆像、東大寺の不空羂索観音像などがあります。
よって、8世紀のことなので不正解です。
史料3から720年には大蔵省に所属する漆部司という役所が存在していることがわかります。
よって、8世紀のことなので不正解です。
ノート1に漆紙文書が8世紀や9世紀の寺院跡からも出土しているとあります。8世紀の寺院で漆塗りの作業が行われていたことの証拠になります。
よって、8世紀のことなので不正解です。
職人の同業者組合は座と呼ばれる中世の組織で、8世紀には見られない事柄です。
よって、これが正解です。
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02
① 乾漆像が制作された。
乾漆像は、7世紀後半から8世紀にかけて制作されました。この文章は正しいです。
② 朝廷の組織に属する漆塗工人が存在した
720年には大蔵省に所属する漆部司が存在しているので、この文章は正しいです。
③ 寺院において漆塗りの作業が行われていた
漆紙文書は8世紀や9世紀の寺院跡からも出土しているので、寺院で漆塗りの作業が行われていたことの証拠になります。この文章は正しいです。
④ 漆塗工人の同業者組合が組織されていた
職人の同業者組合は座と呼ばれ、12世紀頃から活動を始めました。
8世紀には見られない事柄です。
この文章は誤りです。選択肢としては正解です。
よって、正解は ④ になります。
誤った選択肢です。
誤った選択肢です。
誤った選択肢です。
正しい選択肢です。
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03
8世紀には、乾漆像が制作され、朝廷には漆塗りを担当する役所や工人が存在し、寺院でも漆を使った造仏などが行われていました。
一方、工人たちが「座」のような同業者組合をつくる動きは中世に発達したもので、8世紀には見られません。
これは8世紀にも見られます。
奈良時代には、漆と麻布などを使って形をつくる乾漆造の仏像が盛んに制作されました。
たとえば、興福寺の八部衆像は734年につくられた奈良時代の乾漆像です。
また、東大寺などにも8世紀の乾漆像が残されています。したがって、乾漆像の制作は8世紀にも確認できます。
これも8世紀に見られます。
奈良時代の律令制では、大蔵省のもとに漆部司という役所が置かれ、漆塗りに関する仕事を担当していました。
漆部司には「漆部」と呼ばれる人々も所属しており、朝廷の組織の中に漆塗りを担当する工人がいたことが分かります。
漆部司は808年に内匠寮へ統合されるまで存在しました。
これも8世紀に見られます。
奈良時代には、寺院で仏像などをつくるために大量の漆が使われていました。
たとえば、興福寺では天平年間の西金堂の造営で大量の漆が使われ、乾漆像などが制作されています。
つまり、寺院の造営や仏像制作の場でも漆を使った作業が行われていました。
正解です。
これは8世紀には見られません。
ノート2の「龍花院座塗師」の「座」は、同じ職業に携わる人々がつくった同業者組合を指します。
このような座が発達するのは中世です。
8世紀にも漆塗工人はいましたが、彼らは漆部司など朝廷の組織に属して仕事をする形が見られました。
したがって、同業者が「座」を組織して活動するという仕組みは、8世紀の特徴ではありません。
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