共通テスト(地理歴史) 過去問
令和8年度(2026年度)追・再試験
問57 (歴史総合,日本史探究(第5問) 問2)

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問題

共通テスト(地理歴史)試験 令和8年度(2026年度)追・再試験 問57(歴史総合,日本史探究(第5問) 問2) (訂正依頼・報告はこちら)

リンさんとカヨさんは、江戸時代の人々が世界のことをどのように知ったのかという点に興味を持った。次の会話を読み、後の問いに答えよ。(資料には、省略したり、改めたりしたところがある。)

リン:江戸時代の対外関係は「鎖国」と呼ばれるようになるよね。日本人の海外渡航は禁じられたし、貿易も幕府が統制したから、海外の情報は入ってこなかったのではないかな。
カヨ:でも、a 貿易は統制されたけれども、様々な交流や情報伝達はあったと思うよ。
リン:なるほど。そういえば、新井白石は、日本に潜入した宣教師を尋問して得た知識などを基に世界各国の情報を記した『采覧異言』を著しているね。人々は、このような書物を通して海外の情勢や知識を得ることができたのかもね。
カヨ:『采覧異言』を基にして、19世紀初頭に山村昌永という人物が書いた『訂正増訳采覧異言』という書物があるよ。昌永は、『采覧異言』の本文に自分の研究成果を文章で挿入して訂正したようだ。
リン:『訂正増訳采覧異言』で追加された国別の記載分量を比較してみたよ。b 昌永が記載を大きく増やした国と、あまり増やさなかった国があるね。記載分量の違いには、日本と各国との関係の深まりや交流の有無が影響しているんだね。
カヨ:ところで『采覧異言』が書かれたときから『訂正増訳采覧異言』成立までの間には様々なことが起こっているね。例えば、c 徳川吉宗が漢訳洋書の輸入に関する規制を緩和したり、オランダ語を学ばせたりしたことで、蘭学と呼ばれる学問が盛んになったみたいだよ。

下線部bに関して、リンさんが作成したグラフを基に、二人が『訂正増訳采覧異言』で追加された国別の記載分量について考察した内容あ~えについて、正しいものの組合せを、後の選択肢のうちから一つ選べ。なお、グラフ中の( ア )~( ウ )にはポルトガル・オランダ・ロシアのいずれかが入る。

あ  『采覧異言』では( ア )に次いで記述の多い( イ )の記述があまり増えていないのは、( イ )との交流が継続していて関係に変化がなかったからと考えられる。
い  『采覧異言』では( ア )に次いで記述の多い( イ )の記述があまり増えていないのは、( イ )との関係が途絶していた時期に書かれたからと考えられる。
う  ( ウ )についての記述が大きく増加したことの背景には、( ウ )が使節を日本に送って通商を要求し、幕府がそれを受け入れて関係が深まったことがあると考えられる。
え  ( ウ )についての記述が大きく増加したことの背景には、( ウ )が使節を日本に送って通商を要求したが、幕府がそれを受け入れず、海防を強化したことがあると考えられる。
問題文の画像
  • あ・う
  • あ・え
  • い・う
  • い・え

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この過去問の解説 (3件)

01

江戸時代の対外関係をグラフから読み取り、考察内容として正しい組合せを選ぶ問題です。

ア=オランダ
本文が多く追加行数も多いアは、貿易が続き、蘭学が興隆したことからオランダと考えられます。

 

イ=ポルトガル
本文が多く追加行数が少ないイは、日本への来航を1639年に禁止されて交流が途絶えたポルトガルと考えられます。

 

ウ=ロシア
本文が少なく追加行数が多いウは、それまで交流がなかったが、通商を拒否して海防強化を進めた結果、情報が増えたロシアと考えられます。

 

よって、 ア、イ、ウを入れて内容が正しい組合せは い・え となります。
 

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02

ア は オランダ、 イ は ポルトガル、 ウ は ロシア に相当します。

 

い  『采覧異言』ではオランダに次いで記述の多いポルトガルの記述があまり増えていないのは、ポルトガルとの関係が途絶していた時期に書かれたからと考えられる。 が正解です。

鎖国によって、1639年からポルトガル船の来航が禁止されていました。

 

え  ロシアについての記述が大きく増加したことの背景には、ロシアが使節を日本に送って通商を要求したが、幕府がそれを受け入れず、海防を強化したことがあると考えられるたが、幕府がそれを受け入れず、海防を強化したことがあると考えられる。 が正解です。

ロシアは1792年と1804年に使節を日本に送りました。幕府は通商要求を全面拒否しました。

 

よって、正解は い・え になります。

選択肢1. あ・う

誤った選択肢です。

選択肢2. あ・え

誤った選択肢です。

選択肢3. い・う

誤った選択肢です。

選択肢4. い・え

正しい選択肢です。

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03

グラフと江戸時代の対外関係を合わせて考えると、(ア)はオランダ、(イ)はポルトガル、(ウ)はロシアと判断できます。

グラフでは、ポルトガルについての追加は少ない一方、ロシアについての記述が大きく増えています。

選択肢4. い・え

正解です。

 

「あ」

これは誤りです。

(イ)に入るのはポルトガルです。

ポルトガル船は1639年に日本への来航を禁止され、その後、日本とポルトガルの直接的な交流は途絶えました。

一方、オランダはその後も貿易を続けています。

 

「い」

これは正しい内容です。

(イ)はポルトガルです。

『采覧異言』が書かれた18世紀初めには、すでにポルトガル船の来航は禁止されていました。

1639年にポルトガル人は日本から追放され、来航も禁止されています。

そのため、その後の新しい情報が入りにくく、グラフでもポルトガルについての追加が少なくなっていると考えられます。

 

「う」

これは誤りです。

(ウ)はロシアです。

18世紀末には、ラクスマンが日本に来航し、ロシアとの通商を求めました。

しかし、幕府がそのまま通商を開始したわけではありません。1792年にラクスマンが根室へ来航したことをきっかけに、幕府はロシアへの警戒を強めていきました。

 

「え」

これは正しい内容です。

(ウ)はロシアです。

18世紀後半になるとロシアが日本の北方へ接近し、1792年にはラクスマンが根室に来航して通商を求めました。

幕府はロシアの動きを警戒し、蝦夷地の調査や警備を進めるようになります。

このように、日本にとってロシアへの関心と警戒が高まったため、『訂正増訳采覧異言』でもロシアについての情報が大幅に増えたと考えられます。

実際にグラフでは、(ウ)の追加分がほかの国より非常に多くなっています。

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