共通テスト(地理歴史) 過去問
令和8年度(2026年度)追・再試験
問61 (歴史総合,日本史探究(第6問) 問1)
問題文
ジュンさんは、近現代を中心に社会的弱者の権利獲得や待遇改善に関して考察することにした。後の問いに答えよ。(資料には、省略したり、改めたりしたところがある。)
ジュンさんは、考察の前提として前近代における社会的弱者の救済事例を表にまとめた。表に関する文あ~うの正誤について述べた文として最も適当なものを、後の選択肢のうちから一つ選べ。
表 救済の事例
古代:光明皇后は孤児・病人の収容や治療のため、悲田院・施薬院を設けた。
中世:忍性は貧民や病人の救済に努め、病人救済施設として北山十八間戸を建てた。
近世:徳川綱吉による生類憐みの令には、救済の対象として捨子も含まれていた。
あ 古代と近世の事例は、ともに仏教に帰依した人物によるものという点で共通している。
い 中世の事例は、室町時代から始まった救済事業の一つである。
う 近世の事例は、七分積金という救済資金の運用を行う江戸の町会所の設立を伴った。
ジュンさんは、考察の前提として前近代における社会的弱者の救済事例を表にまとめた。表に関する文あ~うの正誤について述べた文として最も適当なものを、後の選択肢のうちから一つ選べ。
表 救済の事例
古代:光明皇后は孤児・病人の収容や治療のため、悲田院・施薬院を設けた。
中世:忍性は貧民や病人の救済に努め、病人救済施設として北山十八間戸を建てた。
近世:徳川綱吉による生類憐みの令には、救済の対象として捨子も含まれていた。
あ 古代と近世の事例は、ともに仏教に帰依した人物によるものという点で共通している。
い 中世の事例は、室町時代から始まった救済事業の一つである。
う 近世の事例は、七分積金という救済資金の運用を行う江戸の町会所の設立を伴った。
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問題
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共通テスト(地理歴史)試験 令和8年度(2026年度)追・再試験 問61(歴史総合,日本史探究(第6問) 問1) (訂正依頼・報告はこちら)
ジュンさんは、近現代を中心に社会的弱者の権利獲得や待遇改善に関して考察することにした。後の問いに答えよ。(資料には、省略したり、改めたりしたところがある。)
ジュンさんは、考察の前提として前近代における社会的弱者の救済事例を表にまとめた。表に関する文あ~うの正誤について述べた文として最も適当なものを、後の選択肢のうちから一つ選べ。
表 救済の事例
古代:光明皇后は孤児・病人の収容や治療のため、悲田院・施薬院を設けた。
中世:忍性は貧民や病人の救済に努め、病人救済施設として北山十八間戸を建てた。
近世:徳川綱吉による生類憐みの令には、救済の対象として捨子も含まれていた。
あ 古代と近世の事例は、ともに仏教に帰依した人物によるものという点で共通している。
い 中世の事例は、室町時代から始まった救済事業の一つである。
う 近世の事例は、七分積金という救済資金の運用を行う江戸の町会所の設立を伴った。
ジュンさんは、考察の前提として前近代における社会的弱者の救済事例を表にまとめた。表に関する文あ~うの正誤について述べた文として最も適当なものを、後の選択肢のうちから一つ選べ。
表 救済の事例
古代:光明皇后は孤児・病人の収容や治療のため、悲田院・施薬院を設けた。
中世:忍性は貧民や病人の救済に努め、病人救済施設として北山十八間戸を建てた。
近世:徳川綱吉による生類憐みの令には、救済の対象として捨子も含まれていた。
あ 古代と近世の事例は、ともに仏教に帰依した人物によるものという点で共通している。
い 中世の事例は、室町時代から始まった救済事業の一つである。
う 近世の事例は、七分積金という救済資金の運用を行う江戸の町会所の設立を伴った。
- あのみ正しい。
- いのみ正しい。
- うのみ正しい。
- 全て誤っている。
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この過去問の解説 (3件)
01
前近代における社会的弱者に関する文の正誤について適当なものを選ぶ問題です。
あ 正しい
聖武天皇の皇后である光明皇后は信仰心の篤い仏教信者であったため、悲田院・施薬院を設けました。
徳川綱吉が出した生類憐みの令は、殺傷を戒める仏教の考え方が背景にありました。
い 誤り
忍性は鎌倉時代の僧です。彼が建てた北山十八間戸は、1243年に設立されました。
う 誤り
七分金積立と江戸の町会所の設立は、松平定信の寛政の改革によるものです。徳川綱吉の時代ではありません。
よって、 あのみ正しい が正解となります。
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02
あ 古代と近世の事例は、ともに仏教に帰依した人物によるものという点で共通している。
正しい文章です。
光明皇后は、仏教に深く帰依した人物として知られています。東大寺大仏の造立にも関与しています。
徳川綱吉の生類憐みの令は、仏教の考え方が背景にありました。
い 中世の事例は、室町時代から始まった救済事業の一つである。
北山十八間戸は、忍性によって1243年に設立されました。室町時代ではないので、この文章は誤りです。
う 近世の事例は、七分積金という救済資金の運用を行う江戸の町会所の設立を伴った
江戸の町会所の設立は、1792年の出来事です。徳川綱吉の時代ではないので、この文章は誤りです。
よって、正解は あのみ正しい。 になります。
正しい選択肢です。
誤った選択肢です。
誤った選択肢です。
誤った選択肢です。
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03
光明皇后と徳川綱吉には、どちらも仏教を信仰していた人物による救済という共通点があります。
一方、忍性の活動は室町時代ではなく鎌倉時代です。また、七分積金や江戸の町会所は、徳川綱吉の時代ではなく、寛政の改革で整えられたものです。
正解です。
「あ」
これは正しい内容です。
古代の光明皇后は仏教を深く信仰し、貧しい人や孤児を救うための悲田院、病人に薬を与える施薬院を設けたとされています。
近世の徳川綱吉も仏教を信仰しており、その政治の中で生類憐みの令が出されました。
この法令は犬を保護したことでよく知られていますが、動物だけでなく、捨子や病人などの保護にも関わる内容を含んでいました。
そのため、古代と近世の事例には、仏教を信仰した人物による救済という共通点があります。
「い」
これは誤りです。
忍性が活躍したのは鎌倉時代です。
忍性は律宗の僧で、貧しい人や病人の救済に力を入れました。
奈良に設けられた北山十八間戸は、病人などを救済するための施設として知られています。
したがって、室町時代から始まったという説明は時代が合いません。
「う」
これは誤りです。
七分積金と江戸の町会所が整えられたのは、徳川綱吉の時代ではありません。
これらは、老中松平定信が行った寛政の改革と関係しています。
七分積金は、町の経費を節約して残した資金の一部を積み立て、飢饉や災害の際の救済などに役立てる仕組みでした。その資金を管理したのが町会所です。
徳川綱吉の生類憐みの令とは時代も政策も異なります。
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